「しあわせだよ」の嘘/ 『監督失格』平野勝之 

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「監督失格」公式サイト
この映画を観て、2つだけ自信をもって断言できることがある。身も蓋もないこと承知。
ひとつめは、林由美香という人が自転車旅行でのテントでつぶやく「しあわせだよ」という言葉がほんとうの言葉ではないということ。
ここでいう「ほんとうの言葉ではない」というのは、ドキュメンタリーのなかでフィクショナルに用意されたセリフと指摘しているのではなく、ただ単に彼女はそんなことはこれっぽっちも思ってなかった言葉だということ。
ふたつめは、この映画は、自殺された部屋に入って、そしてどういうわけか回しっぱなしになったカメラなしではありえなかったドキュメンタリーであろうということ。
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アダルトビデオの世界は、徹頭徹尾男性の視点で女性が描かれる。男性が望む女性しか、そこには現れない。これでもか、これでもかと、女性の「赤裸々」が暴きたてられる。AV女優は、それをまっとうに演じる存在だ。
極めて一方通行な「赤裸々」だが、これが本当に赤裸々なものなのかは疑問である。裸になり、欲情に身を委ね、そして体液にまみれた汚辱に打ち震える。それを見よ、というのがAVの価値である。
それは一方的な方向からしか視点がありえない対幻想の愉楽である。それを視るものは、いつだって片思いに宙ぶらりんになっている。
テントの中に横たわり、「しあわせだよ」とカメラにむかってつぶやく林由美香の目と表情に、自分は奇妙さを感じた。直感的にこれは嘘だろうと思う。これは間違っていないと思う。だが、この作品の撮り手はそんなことは全く意に介さない。
「監督失格だね」と、林由美香がこの作品の監督に毒づいたのは、一番ドキュメンタリーとして撮らねばならないシーンを撮らなかったこの監督のナイーブさに触れたものだった。そう、ナイーブである。「しあわせだよ」という言葉を、そのままで受け止めて、だが、カメラの向こうの林由美香の表情は、この人の意味づけから、ずっと逃げ続けている。
このドキュメンタリー作品が素晴らしいとすれば、このズレがうまくカメラがとらえ続けていることである。監督はそれにうっすらと自覚しているはずである。一方通行で林由美香を追う恋闕らしき情熱・・・しかしそれすらもフィクショナルなものではないかという逡巡があり、それをどこかで懐疑している監督のカメラが、じっと対象を追う。
皆が思うほどに、この作品は簡単な純愛ものではありえない。もっと意地の悪い視点が忍び込んでいる。いや、もしかすると、その意地の悪さそのものが作品をつくっているような勘ぐりまでしたくなる。
数年後、監督とはとうの昔に別れ、今では年下の男に振り回されている林由美香をカメラは追う。
誕生日に自宅でインタビューというシチュエーションもよくわからないが、そこには林由美香の死が転がっている。カメラはまわりつづけている。監督の助手の女が、慌てふためいてカメラを回しっぱなしにしてしまったから、その一部始終が撮られている。
号泣する母親。おろおろとしながらも、病院と警察を手配する監督。警察の事情聴取。
大事なところでカメラをまわしていないのは監督失格、といわれたことが、そこで映画としてつながる。ここに何か偶然ではすまされない意志を感じる。
冗長でもあり、とても映画館のスクリーンには耐えれないVHSテープから起こされたような前半部分と、ここで完璧にぴったりと結びつく。単なるレクイエムの作品から、万人の観賞に耐えうる作品となった瞬間が見事である。
かたちんばの対幻想に身を焦がすことに慣れている私たちは、そこで、これではまるで林由美香が、これを撮れとあらかじめわかっていて呼び寄せたようではないか、とも思うことができる。なんという作品なのであろうか。
自分は林由美香という人をほとんど知らない。別にアダルトビデオを観ないというわけではなく、単に自分の趣味タイプの女優ではなかったからだ。この人の絶頂期に、ひとりぐらしの自分の家にビデオがなかったというのも理由のひとつ。
だから、レクイエムとしてこの映画を観るわけにはいかない。奇跡的に映画として成立したドキュメンタリーとして強く印象に残ったというところまで。
映画の中の林由美香の母親に強い興味をもった。映画の公式サイトで、この家庭のおおよその物語を知った。そろって、家族が率直に自分たちについて語っていた。レクイエムだから、余計なことは撮られていない。しかし、それを示唆する監督のカメラの手つきは理解できた。
そしてあらためて、すれ違いと撮り手と撮られる女優の意地悪さと嘘。それが最後に見事に劇化される、監督と女優の「しあわせな」共犯性と健気さに、ただ茫然とするしかない。

FWF評価:☆☆☆★★

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