カテゴリー: 社会・政治

トリックの中の「国家神道」 【1】ヤマト王権の「国家神道」

「国家神道」という言葉はそもそも戦後にGHQが言いだした用語である・・・という俗説があるが、これは正しくない。

国家神道形成過程の研究 神道学者の立場から法令や行政の中で国家神道がどのように取り扱われてきたかを綿密に研究する阪本是丸は、『国家神道形成過程の研究』の中で、1908年の帝国議会の委員会の議事に「国家神道」という言葉が使われていることを実証的に指摘している。

この時に「国家神道」と呼ばれているコトバの意味は、その同文書に併記されている「宗教神道」とセットで論ぜられている。この二つのコトバは対比された概念として使われているわけだ。つまりこの当時の考えでは神道には二つの種類があるということになる。… 続きを読む

明治以降の琉球人への差別

明治政府により、国民国家に統合された沖縄と琉球人がどのように取り扱われていたかを、ちょっとまとめておこうかと思います。

「日本」が明治維新をはさんで、夷敵(外国・・特に西欧列強)の脅威を感じながら、近代中央集権的国家を作っていく過程で、まず最初に植民地化するのが蝦夷地(江戸期までは中央政府からは外国として位置づけられていた)で、「日本」はこれを「北海道」と勝手に名前をつけます(1869年)。

次に植民地化するのが、琉球です(琉球処分:1871年~79年)。ここにも勝手に「沖縄県」という名前をつけました(1879年)。

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