「あいつと私」 /日活成功の方程式 石原×石坂×中平

imgddef2607zik0zj.jpeg
日本映画データベースによると、原作石坂洋次郎の映画作品の数は、なんと累計80本。
戦後の大流行作家だったとはいえ、前人未到の本数ではないだろうか。これだけの原作提供者は思い当たらない。
池部良と原節子の1949年度版の「青い山脈」の大ヒットから、東宝と新東宝は徹底してこの作者の原作を量産。
これに対して1954年に映画製作を再開した日活は、数々の製作者や俳優を他社から引き抜き、さらには売れっ子作家石坂洋次郎の原作までも買い付けて、1956年浅丘ルリ子、長門裕之主演の「愛情」をリリース。
その後、石原裕次郎や津川雅彦などのスター俳優を主演にした石坂洋次郎原作の映画を、これでもかというほど作り続ける。

1956
愛情  (堀池清監督・浅丘ルリ子、長門裕之)
乳母車 (田坂具隆監督・石原裕次郎、芦川いづみ)
1957
青春の抗議(堀池清監督・津川雅彦、浅丘ルリ子)  
危険な年齢(堀池清監督・津川雅彦、野添ひとみ)
1958 
陽のあたる坂道(田坂具隆監督・石原裕次郎、北原三枝)
 
1959  
若い川の流れ(田坂具隆監督・石原裕次郎、芦川いづみ、北原三枝)
1960
あじさいの歌(滝沢英輔監督・石原裕次郎、芦川いづみ)
 
1961
少女     (堀池清監督・川地民夫、笹森礼子)  
花と娘と白い道(森永健次郎監督・吉永小百合)  
この若さある限り(蔵原惟繕監督・吉永小百合、浜田光夫)  
あいつと私  (中平康監督・石原裕次郎、芦川いづみ、吉永小百合)  
草を刈る娘  (西河克己監督・吉永小百合、浜田光夫)
1962
赤い蕾と白い花(西河克己監督・吉永小百合、浜田光夫)
若い人    (西河克己監督・石原裕次郎、浅丘ルリ子、吉永小百合)
1963  
青い山脈   (西河克己監督・吉永小百合、浜田光夫)
雨の中に消えて(西河克己監督・吉永小百合、笹森礼子、高橋英樹)
美しい暦   (森永健次郎監督・吉永小百合、浜田光夫)
丘は花ざかり少女(堀池清監督・川地民夫、浅岡ルリ子)  
光る海    (中平康監督・吉永小百合、浜田光夫)
1964
こんにちは、20歳(森永健次郎監督・吉永小百合)
何処へ      (西河克己監督・高橋英樹)
風と樹と空と   (松尾昭典監督・吉永小百合、浜田光夫)
1965
悲しき別れの歌  (西河克己監督・吉永小百合、浜田光夫)
1967
青春の海    (西村昭五郎監督・吉永小百合)
北国の旅情   (西河克己監督・舟木和夫)
陽のあたる坂道 (西河克己監督・渡哲也)
花と果実    (森永健次郎監督・和泉雅子)
だれの椅子?   (森永健次郎監督・吉永小百合、杉良太郎、渡哲也)
1969
花ひらく娘たち (斎藤武市監督・吉永小百合、和泉雅子、浜田光夫、杉良太郎、渡哲也)

日活の黄金時代を築いたプログラムピクチャーのうち、青春映画のラインナップはこの原作者とともにあったといっても過言ではないだろう。
石原裕次郎と吉永小百合は、いまだこの時代を謳歌した人たちの青春のアイコンだが、そこにはいつもこの原作もあった。
日活作品/石坂洋次郎原作の作品では、wikipediaによると『陽のあたる坂道』では667万人、配給収入は4億円とある。入場料金は、60円~70円だったから、この数字は間違いではない。単なる青春ドラマで600万人!
ついでに、日本映画歴代観客動員ランキングの中に出てくる日活作品をあげてみよう。

733万人 黒部の太陽(1968年・石原裕次郎主演)
667万人 陽のあたる坂道(1958年・石原裕次郎主演)
640万人 紅の翼(1958年・石原裕次郎主演)
625万人 愛と死をみつめて(1964年・吉永小百合/浜田光夫)
594万人 嵐を呼ぶ男(1957年・石原裕次郎)

はあ、やっぱり石原裕次郎というのはすごい俳優だったんですね。
本作『あいつと私』は、『狂った果実』で石原裕次郎と組み、鮮烈な(実質的)デビュー作品を撮った中平康の監督作品。
石原裕次郎主演で『紅の翼』を1958年に撮り、日活史上第三位の観客動員となる。
このように『あいつと私』は、日活の成功の方程式ともいえる、石坂洋次郎×中平康×石原裕次郎のライン。日活の看板スターとして年間10本(!)近くの主演作品を送り出していた石原が、スキー事故で骨折。しばらくの休養から復帰第一作となったのがこの作品。そして、こちらも石原裕次郎主演作品の中でも5本の指に入るヒットとなった。
中平康監督の石原裕次郎作品は5本。興行収入や「狂った果実」のような名作もありながら、『あいつと私』の後に撮られた『アラブの風』で最後の作品となっている。
これだけのヒット作を生み出しながら、双方多作なこの二人の組み合わせが多くはないのは、中平康の監督しての厳しさがあったからか。
吉永小百合は、『あいつと私』で初めて中平康作品に出演して、何本かの作品に出ているが、「今まで一番怖かった監督」と述懐している。
演技に本気を求めて、中平作品を俳優にボイコットされたりしたこともあったらしい。
この作品でも、女子大生バンビ役の笹森礼子が女たちに胴上げされて、そのまま悪ふざけで落とされるシーンがあったが、観ているこっちもドッキリするくらいの落ち方で、中平康伝記「ブラックシープ/映画監督中平康伝」によれば、そのまま入院してしまったらしい。
吉行和子と下宿でケンカして突き飛ばされたバタくさい顔をした女(標滋賀子)が、ちゃぶ台に思いっきり背中をぶつけるシーンもあったが、これも相当イタそうであった(笑)

さて、不道徳と道徳の境界線の問い直しともいえる、性と青春の物語は石坂裕次郎の基本テーマのひとつ。
それを明るく石原裕次郎の主演ドラマで軽快に撮った作品なわけだが、かなり現代からみると難しい作品であることには違いない(笑)
田園調布の太陽族ともいうべき作品で、正直自分にはつらいストーリー。
あっけからと、しかし緩いですよね。
※田園調布が舞台となる、やはり石原裕次郎の大ヒット作『陽のあたる坂道』でロケにつかわれていた坂道は、たぶんこの作品でもつかわれていますね。くの字にアップダウンした住宅街の坂道が印象的でした。
そういうわけで、ただ単に疲労感を残すだけなのも、シャクであるので、石坂洋次郎原作の日活作品年表とかまとめてみました。勉強になりました(笑)
この類の青春喜劇なら、やっぱり『学生野郎と娘たち』がいちばんいいですね。
あれは原作を忠実に再現しなかったらかよかったのではないかと思ったりします。
神保町シアター特集:「可憐な娘たち 守ってあげたい~芦川いづみ 胸がときめく~司葉子」にて

関連記事

1コメント

 Add your comment
  1. バンビが胴上げの後落下した時 見ながら声をあげてしまいました 本当にびっくりしました 昔の映画は色々とありえませんね 学生運動の時の石原裕次郎のシャツの破れ方 絶対 乳を見せたいだけですよね 韓流ドラマみたいなどんちゃん騒ぎに圧倒されるばかりの映画でした なんというか赤裸々過ぎて生々し過ぎました。

コメントをどうぞ

入力されたメールアドレスは公開されません。

Top