彼が人形を愛さなければならなかった理由 / 「ラースと、その彼女」 クレイグ・ギレスピー 【映画】


◇「ラースと、その彼女」公式サイト
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主人公が人形を愛するようになってしまった事情について少しまとめてみよう。
おそらく、彼が狂気に陥る引き金となったのは、兄嫁の妊娠なのではないかと思う。
出生と同時に亡くなった彼の母と同じく、すべての女性は自分と遠いものなのだ、いや遠くなければならないのだ、そういう強迫観念が、来るべき自分の兄の子供の出生をめぐって抑えきれないものとなった。
つまり彼の心の底では、子供が生まれることにより、義姉が死んでしまうのではないかという恐れが前提としてあり、その思い込みが、母と子は通じ合ってはいけないという観念をつくりだす。
そもそも、それが、彼の女性観に影を落としていたところに、義姉の妊娠という事実のよって、さらに強迫観念を強め、今度は、自分自身はすべての女性と通じ合ってはいけないというところにたどり着く。
女性のやさしさを拒絶する気持ちが強まり、女性に触れられただけで強い身体的な拒絶反応を示すようになる。映画の前半は、この葛藤と世の中に後ろを向ける主人公の姿が描写されていく。
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彼がインターネットで注文したラブ・ドール(日本ではダッチ・ワイフといいますね)を実在の人物のように扱うのは、以上の段階から、さらにひとつ心性が反転しているからだ。
実在の女性に恐怖に近い拒絶感を抱いても、社会はそれを必ずしもよいものとは考えない。それが、自分自身の心の中から生じる抑圧とは別に、もうひとつのプレッシャーを感じさせる。まわりには、女性の恋人をもつくれない自分を責めたて、自分自身の内なる倫理は女性とかかわってはいけないときつく戒める。
二律背半で追い込まれた彼が選択したのは、ラブ・ドールを注文して、その人形とつきあっていくことだった。
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以上がおおよその彼の狂気の解釈だが、この映画の面白さは、ここから始まる。
以上の荒涼とした彼の心性を、共同体がどのようにつつみこんでいくか、それがこの映画のテーマです。
よい映画でした。

FWF評価: ☆☆☆☆

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