香港情勢は依然として収まるところを知らない。
といっても、情勢はどちらかというと反政府側も親政府側も手詰まりである。逃亡犯条例改正案が撤回されてから、事実上本質的な状況は変わっておらず、そのぶんプロテスターと警察の暴力がそれぞれエスカレートしているというのが実際のところだろう。
6月から香港を何度も訪れているので、その手詰まり感はひしひしと伝わってくるのだが、一方でこの暴力的傾向が強まっていくことには本当に心が痛む思いである。これは双方ともに全く利益がない。
あるとすれば、自滅覚悟でプロテスターが香港の本質、つまり一国二制度はフェイクであるということを身をもって示しているというだけだろう。香港にはこの分断をおさめるための大人はいない。もちろんこれを巻き起こした原因は中国の中央政府にある。
さて、その香港から流れてくる情報について、ひとつ注意を促そうと思い、以下ブルームバーグの文章を翻訳した。抄訳である。
筆者はウォールストリートの記者でもある。文中にはいわゆるフェイクニュースを香港大学で研究する日本人の研究者である鍛治本正人氏のコメントも出てくるので、参考にしてもらいたい。
フェイクニュースとデマがどれだけ香港社会を分断しているか?
引用元 “How Fake News and Rumors Are Stoking Division in Hong Kong“
アレックス・チョウが駐車場から転落してからすぐに話はネットで拡散された。
ネットで広がった情報によると、催涙弾をうちプロテスターを追い散らそうとした警察に、22歳の学生であるチョウが追いかけられ、さらに、おそらくは警察に突き飛ばされたとのこと。さらには警察は救急車がやってくるのを妨害して、助かるはずの命を無駄にした、とネットでは書かれている。
しかし、この情報は根拠がないもので、警察はチョウを追いかけたということを否定し、サウスチャイナモーニングポスト紙のような、メインストリームのメディアはチョウが駐車場から落ちた経緯は不明だとしている。この11月8日のチョウの死は、数百のプロテスターによって警察との衝突が拡大を促し、その結果、一人の男が(3日後の11日の)月曜日に発砲されて撃たれることとなった。
香港の反政府抗議運動は23週目を迎えた。両サイドからのネットの噂とフェイクニュースとプロパガンダに街は浸食されている。偏向し誇張された情報は、不信と暴力に油を注ぎ、この今の危機を解決することをさらに困難にし、香港は不景気に沈み、アジアナンバーワンの金融都市の存在であることに疑問を投げかけられている。
「誤った情報は市民の意見を分極化します」
香港大学の鍛治本正人助教授(ジャーナリズム・メディア研究センター)は、フェイクニュースの研究を7年にわたって行ってきた。「この分裂を和解することが不可能なところまできてしまったのではないかと危惧しています」
(中略)
プロテスターが警察と政府を悪魔化する一方で、親中派はデモの参加者を「暴徒」や「テロリスト」、さらには「ゴキブリ」と呼び、それらが街の安定を乱して、外国のエージェントに売り渡そうとしているとみなしている。
ある話がネットで広がり、物議をかもしている。15歳だったチャン・イン・ラムが全裸の水死体となってビクトリア・ハーバーで先月に見つかった。警察は自殺だと発表したが、プロテスターは、この少女が抗議運動に参加したために、中国政府によって殺されたとして、警察と香港政府に抗議したのである。何人かの抗議者は、彼女の学校に現れ、ガラス扉を割り壁にスプレーでメッセージを書いた。
「もしもっと平和な時なら、警察や政府のエージェントが彼女を殺して証拠を隠滅したなどということは信じなかったと思います」
香港大学の一年生のコーは、苗字のみあかして、名前を出すのは断ったうえで言った。彼は彼女のための献花台の横で抗議のビラを配っていた。「みな、政府も警察を怖れて、信用しなくなっています。今は私も何を信じていいのかわかりません」
(中略)
「誰しも怒っており、取り返しがつかない状態だ」
香港大学の自殺問題研究・防止センターのポール・イップ主事は、彼女の死について明らかにすることを願っているとしながら、次のように述べた。
「反政府側も親政府側も、エコーチェンバーのなかで叫んでいる状態で、高い壁を乗り越えることが出来ていない。大変危険なところまで私たちは来てしまっている」
プロテスターが主張する根拠のない情報は他にもソーシャルメディアを通じてとどまるとこなく広がっている。地下鉄の太子駅でデモ参加者と機動隊が衝突した3か月前、警察と地下鉄の駅員が避難したあとの駅の構内に死者が出て、それをメディアや救急隊に隠していたというものだ。
警察はこれを否定したが、この話が民主活動家のジュシア・ウォンによって、抗議運動に犠牲者が出たとTwitterで投稿されると、プロテスター側によって話は増幅され、ついには米のナンシー・ペロシ下院議長までもがこれを繰り返し言及するようになった。香港世論調査研究所によれば、市民の半数が、警察に殴られて死亡したものがいると考えているという。この話はバックラッシュし、そのために数十もの地下鉄の駅が破壊され、22時までしか地下鉄が運行しなくなった。
世論をめぐる争いは、反政府と新政府の両方のネットでの活動をエスカレートさせている。TwitterやFacebook、Youtubeといったソーシャルメディアでは、8月には抗議運動を弱体化させるために中国政府に支援されたアカウント数百が削除されたという。ソーシャルメディアに関する人為的操作を監視するためにつくられたアストロスクリーン社の調査によれば、その後も新しいアカウントは同じ類の話をネットに流し続けているという。
親政府派はネットに写真や隠語や動画のプロパガンダを流し、アメリカの陰謀によりデモは資金援助されていて、若い女性のプロテスターは慰安婦のようにさせられているというような話を広めている。
(中略)
反政府派も同じようなことをやっている。世界から運動が認知されるためだ。25,000人の登録者がいるテレグラムのチャンネルでは、毎日ネット戦士たちに3~4つの仕事が与えられ、twitterでハッシュタグを使って情報を広めていく。
そのチャンネルはアクティビション・ビザール社のボイコットのツィートをハッシュタグ #BoycottBlizzard を30回以上やるように呼び掛けた。ビデオゲームの会社は、香港の反政府運動を支持したゲームプレイヤーを罰したからだ。
2万以上のアカウントが、#BoycottBlizzard のハッシュタグをシェアしているが、前述のアストロスクリーン社によれば、そのうち1/5のアカウントは8月から10月の間につくられたものだとのことだ。同じように、NBAのバスケのスター選手であるレブロン・ジェイムズもターゲットになっている。両者ともにこれについては沈黙を守っている。
もちろん反政府抗議運動に関する多くのネットの情報は正確なものだ。しかし、ネット政治運動の範疇を逸脱し、デマを拡散させるようにもなっているのは確かである。このデマは、研究者が指摘するように、間違った情報を深く考えずにネットに広めてしまうことからおこることで、故意にウソの情報を流すこととは違うものだ。
例えば先月の日本の天皇の即位の礼の際に、キャリーラムが式典の最中に携帯をいじっていたという画像がネットに投稿されていた。これが無礼なことだというのである。数時間でこの投稿は数千回も拡散され、その中には有名な活動家のアグネス・チョウもいたし、アップルデイリーのようなニュースメディアもその情報を流していた。しかしこの画像は実のところは式典の前に撮られたものだと、香港大学のジャーナリズム・メディア研究センターのアニー・ラブのファクトチェックプロジェクトによって明らかになった。
(中略)
ファクトチェックによって、香港人が抗議運動にどのように関連付けて情報を受け取っているかが少しわかっただろう。転落して亡くなった22歳の学生チョウの事件では、たくさんのプロテスターがこれを悪意あるように受け取って信じている。
「(抗議運動が始まった)6月からたくさんの変死者がいる」
35歳の銀行員であるジョーには、名前だけで姓を教えてもらえなかった。彼は言った。
「私たちはチョウの死を必ず裁判で明らかにする」
引用元 “How Fake News and Rumors Are Stoking Division in Hong Kong“
さて、ここで思い出してほしい。6月の段階では香港の反政府運動はこのように言われていた。
「無抵抗な学生たちに警官隊は一方的に暴力を加えた」
「一部に暴力的なことをするものもいたが、あれは中国共産党が雇った工作員である」
このような話は、ネットで香港通といわれているアカウントから発信され、さらには香港や中国情勢に詳しいといわれているライターや研究者、さらには香港の民主活動家の日本語アカウントからも広められた。
6/12に「勇武派」と言われる若者たちが香港の議会である立法会に強行突入しようとする現場に自分はいたが、これはウソであるということを書かせてもらった。実際は先にレンガを投擲し、警察に攻撃をして、その阻止線を乗り越えようとしたのは若者たちのほうであった。これに対抗するために警察は催涙弾を打ち出したというのが本当のところだった。そしてこのパターンは今をもって繰り返されている。
ところが、ネットでは上述のとおり、平和的抗議をしていた若者側が一方的に暴力を振るわれたということになっていたのは本当に驚いた。私は香港政府のふるまいが正しいと言っているわけではない。ただ事実が裏返って伝えられ、それが真実として流通していることに心底驚いたのである。
7/21には、今度はデモの現場で、目の前で中年の運転手が若者に失神するまでリンチされている現場に出くわした。デモ隊がピケをはって道路を封鎖したため、駐車場から出るに出られなくなった運転手とデモ隊が口論となり、怒って運転席から出てきた男性を数十人がかりで袋叩きにしたのである。
「あれは運転手が殴りかかってきたから返り討ちにあったので、悪いのは運転手」と日本の香港通といわれる反政府運動のシンパのアカウントはTwitterで平然と言った。これより、日本人がカメラでデモ隊を撮影していたらカメラを取り上げられたとか、北京語をしゃべっていたから殴られたとか、さらには北京から来た記者はリンチされたうえで拘束されたりしていた。これも、すべて悪いのはやられたほうであるらしい。
先日にはついにガソリンで火をつけられて重症になった男性やレンガを至近距離からぶつけられて死亡した男性まで出た。これは今までプロテスター側の暴力に内部から批判がなく、ただかばうのみで、無差別な暴力を封じ込める自浄作用がなかったからだ。
何かがおかしい、と思うというのはこれだけではない。「支那」という差別用語が香港のネットでは飛び交っている。先日は在日香港人の集まるソーシャルメディアで「支那」という罵倒擁護を目にした。彼らはそんなことをして、どのように日本のまともな人たちから支援を受けようとしているのだろうか。
その実体を疑問をもって批判したところ、今度は私は「プロテスターの悪口を言いふらしている」ということになって、ずいぶんネットでは嫌がらを受けた。虚偽の事実を撒き散らかしている人の「悪口」は批判として確かに言っている。もし私の批判する内容が事実に即してなければ、大いに私のことを批判してほしい。
このような身びいきの暴力肯定は事態をひたすら悪化させている。
以前、吉野家が香港でポストイットで攻撃されている理由というのをツィートして、これが大いに注目されたことがある。
7月には吉野家はただポストイットに書かれた罵詈雑言で埋め尽くされていただけだったが、先日に訪れたときには見るも無残に破壊され、火をつけられていた。6月の段階ではプロテスター側が掲げるスローガンに「暴徒はいない」というものが多数あったが、今ではほとんど見かけない。
私にはこの先の香港情勢には不安のほうが大きい。誰か大人は現れないのか。
さて、このような混乱はいったいどこから来るのか。そのひとつに上述したとおり、過剰に感情的で正確性を著しく書いた情報がある。それは日本に伝わってきて、出所不明の情報を垂れ流す香港通といわれているアカウントやジャーナリストやライターや研究者がさらに拡散している。
皆さんにアドバイスをしたい。これらのウソの情報を垂れ流して、なおかつ訂正も内省もない人がソースとなっている香港情報には気をつけるべきである。同じことを繰り返すのは間違いがないからだ。
かつてまだ中国が今のように解放路線ではなかったころ、ベールに包まれた中国の権力闘争などの政治にまつわる話は「香港情報」と呼ばれて、真偽定かならぬものと言われていた。もちろん信頼できるメディアの情報は正しいものばかりだ。ただ、過剰に反政府や新政府の立場にあるメディアや個人の情報は気をつけるべきである。
もちろんこれは中国から流れされるプロパガンダも同様である。新政府側と親中国のネット情報は、どれだけ香港の「暴徒」がひどいことをしているかを伝える。しかし、そこには中国政府の公式見解以上のものはなく、その原因がどこにあるかという根本的な問題にも決して触れることがない。デマとプロパガンダの応酬が今の香港を取り巻く情報戦なのである。