単なるミステリーにあらず / 「湖のほとりで」 アンドレア・モライヨーリ  【映画】

◇「湖のほとりで」公式サイト
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今年の劇場観賞100本目の映画。
特に意味もない話ですが、100本目くらいは良い映画にあたりたいと考えつつ、ヨコハマのディープタウン黄金町を映画館に向けて歩いて行きました。
空には秋の青空。そして、この作品も冒頭から秋を思わせる静寂な青い空でした。
秀作にて、満足です。

さて、この映画。観てみるまではミステリーを期待させるような話を想像させるのですが、ちょっと趣きは違います。それを期待すると、つまんねえドンパチや切った張ったが蠢く世界に興味が行ってしまい、おもしろくないでしょう。
この映画は家族と贖罪を巡る心理劇です。手の込んだ仕掛けもなく、シンプルに物語は新興していきます。
あぶりだすのは、父を巡る子供たちの反乱。それが原型となりつつ、決してそれを匂わせない静寂なストーリーテリングになっています。
そこに近づくとヘビに眠らされてしまうという伝説がある湖。
そこで発見された美しい死体。
誰にも愛されていた彼女が死体になったため、ニート予備軍の恋人や知恵遅れの巨漢が疑われるが、実は、そこには罪を購おうとして彼女の秘密があった・・・そういう物語です。
ストーリーの最後、映画から退場する主人公の警部がいる公園が鳥瞰で映し出されますが、その公園の通路は十字架になっていました。
そういうところを読んでいかないと立ち行かない映画になるでしょう。ミステリー仕立てになっていますが、この映画は決してミステリーのジャンルで括られるものではありません。
ねじ曲がった家庭の崩壊を、父と子という軸であぶりだすためのミステリー仕立てになっているというだけです。
映画には破綻がひとつもなく、安定した構図で映画はたゆたい、そして自殺とも他殺ともつかない死が、最後になって観客に提示されます。
ずって、湖の水面には上下逆に映し出された風景や、関係者と話す警部の背後のガラス窓には、ひっくりかえって映る花瓶みたいなものが映し出されていました。ここでわたしたちは何かを気付くのです。
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映画のパンフレットのコピーに、「『ニュー・シネマ・パラダイス』『ライフ・イズ・ビューティフル』に続く10年に一度のイタリア映画の傑作」とあり、それを鵜呑みにするわけにはいきませんが、確かにこれは秀作です。
罪を贖い、そしてへびに眠らされた少女の死体。
テーマがここにあると、エンドロールが流れるころに理解して、そして映画の凄みを知るという仕掛けの映画です。上質です。
FWF評価 ☆☆☆☆ 

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