◇『ハイリスク・ノーリターン 』
2007年に市ヶ谷の防衛省に火炎瓶を投げ込んだ右翼青年のことは覚えている。
その当時の報道で職業が日経新聞の新聞配達員となっていたからだ。この職業と事件のつながりが、すぐに中上健次の「19歳の地図」を思い起こさせた。これが強く印象に残っている。
そしてそんな事件も忘れてしまっていたところでこの本を読む。その時の右翼青年の自叙伝。自叙伝といっても、著者はまだ27歳。
統一戦線義勇軍はいわゆる新右翼。55年体制後のいわゆる右翼とは一線を画する。その主張はざっくりといえば反米愛国。自民党に対してもどちらかといえばアンチ。現在のネット右翼の主張とも相容れない。むしろ戦前の右翼の主張にたいへん近い。そもそも新右翼の成り立ちからして、三島由紀夫の自決に触発されたものであるから、非常にロマン主義的である。
その三島由紀夫は70年安保で空前の勢力となった全共闘相手に「諸君が天皇と一言いえば一緒に戦うことができる」と言い切ったくらい戦後右翼思想の脈絡から決定的に決別している。筆者が防衛省に火炎瓶を投げたのも、当時の自民党政権(第一次安倍政権)の久間防衛省が「原爆投下はしかたなかった」という発言をしたことから。
自叙伝の前半は、その統一戦線義勇軍に参加するまでの生い立ちなのだが、これがすごい。学校になじめないいじめられっこが武道を習い、ほとんど狂気スレスレで一人で夜な夜なサラリーマン相手に喧嘩を売りつける。ほぼ思いつきぐらいでバンドをはじめて新聞奨学生になるも、その契約をめぐって日経新聞と日々因縁をふっかける。やがてヤクザになりたいと右翼を志願したのが統一戦線義勇軍。
防衛省に火炎瓶を投げ込んだ事件の後、精神病院のボランティアを勤めてから、新宿のホストへ。このホスト体験談が強烈すぎる。現在では右翼サイドからの反原発運動、そして著書には書かれていないが新大久保などの差別主義者に対抗する。
本当だかわからないくらいに、あまりにドロドロとした内面とそこから吹き上げて来るような体験談続いていく。
自分はあまりマンガは読まないのだが、読後にいてもたってもいられない焦燥感を感じるあたりは『宮本から君へ』(新井英樹)に似てなくもない。ただし、こちらの主人公はあそこまでお人よしではない。
さらに、新宿のホストになったあたりは、またもや中上健次の物語サーガの登場人物のようだ。そして現在は反差別のスタンスで在特会などのネット右翼の行動派に対抗をしているあたりも、まさしく中上健次ワールドだ。
読後、あらためて著者がまだ27歳というところに愕然とする。久々に完全に打ちのめされた。いや、この本・・・というよりこの著者すごいですよ。
参考までに本人のブログはこちらです。