坂中論文の衝撃  『在日韓国・朝鮮人論の展開』 坂中英徳


在日韓国・朝鮮人政策論の展開

1970年法務省に入省し、大阪の入国管理事務所で在日韓国人・朝鮮人をはじめとする在留外国人の審査実務を経験しながら入管行政に携わってきた若き官僚がいた。 名は坂中英徳。

その官僚が、1977年に法務省の省内の懸賞論文として書いたのが、「今後の出入国管理行政のあり方について」である。

別名「坂中論文」。

この論文は、出入国管理行政の中での在日韓国人・朝鮮人行政に大きな影響を与えたばかりでなく、在日韓国人・朝鮮人社会にも激震といえるインパクトを与えた。

ある在日朝鮮人研究者は論文が出てからは「カラスの鳴かない日はあっても坂中論文の名を聞かない日はない」と語ったというくらいだ。

結果として、この論文の直後に、1982年の難民条約とそれにあわせた出入国管理令の改正に結びつき(特例永住許可制度の「1982年体制」)、さらには1991年の特別永住許可制度によって、在日韓国人・朝鮮人をめぐる法的地位と待遇の保障が完成されることになる。この論文がきっかけとなったのは、在日韓国人・朝鮮人社会も認めるところである。

 

この論文の傑出していたのは、当時の在日韓国人・朝鮮人のおかれた状況を現在形で正確に把握するとともに、その未来予想図を描いたところである。この論文の20年後の1997年に、さらに当時の在日韓国人・朝鮮人をとりまく環境と未来予想をまとめた「これまで在日はどう生きてきたか-坂中論文から20年」が本書にも収録されて、これも「衝撃的な内容」(本書に掲載されたこの論文のもととなった講演の参加者の声)という反応で迎えられた。 以下、この1977年の「坂中論文」ついて、ざっくりとまとめる。 なお、本書の筆者は当時現役の行政官であり、もちろんその視点で書いてあることから、その点でいわば在日コリアンにとって立ち位置が最初からが違っている。それを含みおいて読んでもらいたい。

・1970年当時、在日朝鮮人に対する法務省の考え方は、外国人として安定した地位を与えると(1)その地位に満足して帰化しないようになる (2)または帰国することがなくなる という考え方から、不安定であるのが得策という考え方であった。

・一方、人道的な見地も含めて、すでに在日朝鮮人は日本社会に定着しているため、むしろ限りなく日本国民に近い処遇をするのがいい。それによって、自発的に日本に同化(帰化)するようになる、という考え方もあった。

・坂中論文の考え方は後者の考え方なのだが、それはむしろ必然的にそのように同化して帰化する方向になるという結論であった。

・その理由は次のとおり。

-すでに在日朝鮮人は日本に深く根をおろしており、社会的にも成功しつつあること。

-婚姻状況からすると、在日韓国人・朝鮮人同士の結婚の割合は減りつつあり、日本人との婚姻が増えれば、子供は自動的に日本国籍を付与されること。ようするに自然に在日韓国人・朝鮮人は減っていく。

-二世・三世は、朝鮮半島よりも日本に対して文化的に結びつき、本国に対する帰属意識が薄れつつあること。

-実質として在日韓国人・朝鮮人は、文化・言語・風習・教育など様々な面で、日本人でもなく朝鮮人でも韓国人でもない存在となっているのが実情。

-これは北朝鮮への帰還事業も極めて少なくなって、在日韓国人・朝鮮人のうちの出国者のうち日本に再入国しないもの(本国に帰還したもの)は年間十人程度になっていることからも裏付けられる。

-本国が統一されたら帰還する・・・というのが戦後の在日韓国人・朝鮮人の基本見解だったが、すでにこれは建前にすぎない。彼らのほとんどは統一されたとしても日本に残ると推測される。

・以上によって、在日韓国人・朝鮮人は法律上「外国人」であるが、実質「準日本人」であり、さらに将来的には「朝鮮系日本人」となっていくに違いない。

・これを踏まえた行政は、在日韓国人・朝鮮人に対する処遇政策を次の通りに分類する。

(1)外国人としての立場で日本に生きる立場

→外国人としての地位を安定させる政策

(2)日本国民となり日本国民として生きる立場(帰化)

→帰化を進める政策

(3)本国に帰り、本国で暮らす生き方

→帰還を進める政策

・民団や総連といった在日韓国人・朝鮮人の団体も(1)を求めている。(3)は求めていない。

・日本政府は(2)帰化または(3)帰還を望んでいるが、(3)は在日韓国人・朝鮮人が望んでいないのでおしつけるべきではない。

・そうすると、(1)の外国人としての立場を安定させる政策をとり、そこから日本社会に根付き、経済や文化的に成功するひとたちを増やし、自然と(2)を選ぶような道筋をつくるのが最善の道ではないか。

・そのため、国をあげて教育や就職の機会均等を保障したり、年金や住宅制度など日本人と変わりのなく提供するべきである。

・むしろ不安定な地位にしておけば、それだけ差別や社会保障から取り残された状態のままで、貧困や差別意識から犯罪などを誘発したり治安上の問題になる。また本国との関係に頼るようになり同化は進まない。

・なおこれは同化を強制するものではなく、同化しやすい環境をつくることであり、進んで日本国籍を取得したいという人を増やす施策である。

  以上が坂中論文の骨子。この基本方針が採用され、1982年体制から1991年の特別永住許可制度となる。 さらに、本書では1997年の情勢認識も加えられている。1997年の「これまで在日はどう生きてきたか-坂中論文から20年」からまとめると以下のとおり。

・1977年から20年間で各分野でめざましい在日韓国人・朝鮮人の活躍が見られたし、今後も続いていく。

・就職や結婚その他の差別問題も減少しつつあり、日本の経済や文化の発展に大きな貢献をしてきた。

・世界のマイノリティのなかでももっとも成功した集団といえる。

・社会の中で差別は残っているのは間違いないため、日本人も差別を克服していかねばならない。それとともに、民族名で活躍する人はもっと増えてくる。それがさらに民族差別問題の解決を促進するはず。

・日本人との結婚数はさらに増えており、加えて1985年の国籍法の改定により、父母両方どちらかが日本人であっても日本国籍が付与されるようになった。

・97年現在、結婚相手の8割以上は日本人となっている。この婚姻状況が続けば、21世紀前半には在日韓国人・朝鮮人は自然消滅する可能性が高い。

・さらに人口減は加速しているため、その事態はほぼ確実。

※現在の在日韓国人・朝鮮人(特別永住者)の人口は37万人で1970年代からほぼ半減。

  以上の在日韓国・朝鮮人入管政策の原点となったのは、坂中が法務省に入省した最初に配属された大阪の入管事務所での実務であったと坂中は回顧している。

「入管の窓口にくる外国人のほとんどは在日韓国人・朝鮮人であったが、その中に14歳の誕生日が来て在留手続きのために入管に初めて出頭する中学生の姿が見られた。そのような中学生の中には、それまで日本人として育てられ朝鮮人とは思ってもいなかったのに、入管に行く日の前日、実は日本人でなく朝鮮人であると親から告げられた子供もいた。子と一緒に来た親から『子供に本当のことを言うのはつらかった。子供も大変ショックを受けていた』という話をよく聞かされた。その時に会った一世の親は顔かたちや話ぶりから一見して朝鮮人であることはわかったが、二世の少年は風貌や日本語をなめらかにしゃべる様子から日本人と何ら変わりがないと感じた。(中略)この大阪入管の窓口で在日韓国人・朝鮮人中学生と接したときの実感あるいは直感から、在日韓国・朝鮮人問題の本質は、実体は限りなく日本人に近い存在であるのに形式(法律上)は外国人として存在している矛盾をいかにして解くかにあると確信した。そして、できるだけ早く、在日韓国人・朝鮮人が実体と形式の一致する存在(日本国民)になり、日本の出入国管理の対象でなくなる日が来ればいいと説に願っていた。」

以上の考え方に反発をおぼえるむきもあるかもしれない。これは単に日本国に対する行政的な同化政策にすぎず、民族的な権利をないがしろにするものだ、と。すなわち「反民族的政策」である、と。 ただし、この法的な地位を安定させる政策そのものは、在日韓国人・朝鮮人がともに歓迎するものであるはずで、そこから個人が国籍を考えて選択すればよいというのが坂中の考え方である。もっともというしかない。 坂中は次のようにも述べている。

「国籍」と「民族」は全く別の概念です。国籍は国家の構成員としての資格であり、政治的な概念です。民族は文化的な概念であり、言語、生活様式、風俗習慣等の文化を同じくする人間の集団のことです。(中略)朝鮮半島からの民族離れと本国からの分離が決定的となった在日韓国人・朝鮮人の親のアイデンティティを確立する道は、朝鮮半島出身であることを本名を名乗って明らかにしたうえで、自己が全面的に帰属している日本の国籍をとって名実ともに日本国民として生きること(朝鮮系日本人の道)ではないでしょうか。 人類が帰属する基本単位が「国家」あるいは「国民」の時代はまだしばらく続きます。人類が人類社会に帰属し国家制度に代わる新しい世界秩序(世界連邦または世界政府)を確立するのはもっと遠い先のことであると思われます。 将来の在日韓国人・朝鮮人社会は日本国籍を有する人たちが多数を占めることになりますが、そのようになっても、在日韓国人・朝鮮人の人たちが在日韓国・朝鮮文化を共有する集団としてまとまりをいつまでも維持されることを願っています。

もろちん、そのために日本人も変わらねばならないし、かつ自分たちの道を在日韓国人・朝鮮人は自分たちで選んでいく必要がある。本書の結論は以上のとおりである。

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