幕末動乱と中国マーケット 【3】中国市場をめぐる日本とアメリカの百年戦争 / 「黒船前後・志士と経済」 服部之総

◇幕末動乱と中国マーケット 【1】太平洋の時代 / 「黒船前後・志士と経済」 服部之総
◇幕末動乱と中国マーケット 【2】南北戦争とイギリスの暗躍 / 「黒船前後・志士と経済」 服部之総
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【3】中国市場をめぐる日本とアメリカの百年戦争

 1894年 日清戦争
 1902年 日英同盟
 1904年 日露戦争
 1914年 第一次世界大戦
 1923年 日英同盟失効
 1929年 世界大恐慌
 1931年 満州事変
 1941年 太平洋戦争

アメリカは、アメリカが経験した最大の戦争、南北戦争により、日本とその向こうにある中国のマーケットへの政治経済的な進出にイギリスに乗り遅れることになる。
また、イギリスとの関係は、大西洋とまたにかける貿易戦争のみならず、南北戦争で南軍をイギリスが支援しようとしたことや、カナダのアメリカによる割譲の試みなどにより、明治維新直後には最悪の状態になる。
日本でも、鉄道敷設の権利を巡って鞘当てを繰り返すこともあったようだ。
しかし、この後の歴史も、日本を経由したアメリカの中国マーケットへのビジネス上のチャレンジは続いていく。
明治に至って、中国にはロシアが抜き差しならぬ勢いで南下してきて、フランスやドイツも含めて中国は帝国主義時代の中でさらに嵐に巻き込まれる。
アメリカの中国マーケット進出の商魂は、日露戦争での日本の外国債の発行による支援や、その見返りとしての満鉄の利権の獲得の野望などに現れ続ける。
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◇日露戦争に投資した男―ユダヤ人銀行家の日記 田端則重
長らく日英同盟のバックアップがあったため、日本はそれでも東アジアの中での優位を保ち続けていくが、やがてその存在は大きくなりすぎていく。それが日露戦争の後。第一次世界大戦の欧州の疲弊の中で、さらにそれは際立っていく。
そしてイギリスは中国大陸の経営をあきらめかけはじめる。
それほどアジアのナショナリズムが高揚していたのだ。
そのために、アジアでイギリスの商圏を守るための同盟が必要なくなりつつあったのだ。1923年に日英同盟は失効する。
1929年の大恐慌により経済的に困窮した日本の大陸経営の野望と、アメリカの中国マーケット進出の積年の思いは、イギリスという緩衝地帯をなくしたため、ついにお互いにぶつかり、そして中国のナショナリズムを舞台としながら服でつで激しい摩擦とかみらあいを生む。
満州国の成立をみたのちに、決定的な対立となる。これがペリー来航から約80年後である。
終戦の1945年は、アメリカのジャーナリストのジョン・オサリヴァンが、アメリカが西に向かって影響力を拡大することは「明白な運命」であると述べた著書の発表された時、そしてペリーに先駆けたアメリカの通商使節が浦賀に現れたときからちょうど100年である。
アメリカはこの時点で中国行きの商圏を貫通させることになったのだ。
もちろん、このときは共産主義の壁が東シナ海に築かれているために、ターゲットはすでに日本ではなくなっている。
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「黒船前後・志士と経済」 服部之総

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