『ゴドビ革命』


ゴトビ革命
◇『ゴトビ革命

これを入手したのはまだ清水が連敗中だったとき。早く読まないと解任されてしまう!とばかり他の本と並行して読み始めましたが、なんか大丈夫そうですね(笑)

UCLAの工学部卒のウルトラエリートが、なぜか自分でサッカー教室やりだす。

まずはこの変わり者?がゴドビ。

最初はひとりだった生徒のサッカー教室は3年で生徒1000名超。

全米でも屈指の規模にあっという間に育ち、ここからアメリカ代表が多数輩出。

そうしているうちにUCLAサッカー部の縁で、アメリカ代表のスカウティングスタッフになり工学部の腕前生かして当時の最新鋭のサッカーデータ解析に手を出す。

これがゴトビのキャリアの転機となる。で、この人がなんとも面白いのは、そっちの世界に満足できず、UCLAサッカー部のレギュラーにもなれなかった経験にもかかわらず指導者を目指したところ。ここが面白い。

・7歳で両親離婚。父と暮らす。

・父は英語塾の教師。塾の教室で寝泊まりして生活。

・13歳で再婚した父とともにアメリカへ(イラン革命前)

・アメリカではイラン人コミュニティに閉じこもらずで多国籍な交友

・中学でサッカー部がないので自分でつくる。

・UCLAの工学部に飛び級(17歳)で入学

・バイトと勉強とサッカーに明け暮れ、UCLAの女子サッカー部の監督もやる

・大学のサッカー部ではレギュラーにもなれず

・卒業するものの、就職先をすぐにやめて自分でサッカースクールを開始

・サッカースクール大成功し、アメリカ代表のスカウティング担当にもぐりこむ

・スカウティングのためのソフトやハードに金つぎこみまくり、部屋中機器満載の部屋になる。

・これがピム・ファベーク経由でヒディングの耳にはいり韓国代表のスカウンティング担当でWC2002で活躍

・フットボールアナリストになればよいものの、韓国の水原のアシスタントコーチ。

・さらにLAギャラクシーのアシスタントコーチ

・韓国にもどり2005年から代表チームのアシスタントコーチ

・2007年イランに戻り、名門ペルセポリスの監督に。ここで見事優勝し英雄になる。

・そこからイラン代表監督が内定していたのに、アリダエイに横取りされる。

・ダエイが解任。残り3試合しかないのにイラン代表監督に就任。

・アジアカップに出場しベスト4へ。

・清水の監督に。

このスカウティング技術やノウハウの話がもっとあったら面白い本だったのにと思いました。それから、UCLA人脈というのが世界にあるということを知りました。ボラとかファベークとかあのあたり。

ゴドビの考え方とか、たびたび出てくる「キャリア」という言葉とともに語られる上昇志向とか、目立つぐらいにアメリカナイズされている。自分はかつて日本最初のプロ監督を目指した加茂周の自伝も思い出したりしました。

面白かったです。

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