『陰謀史観』 秦郁彦 -疑心暗鬼の共鳴-

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陰謀史観(新潮新書)
陰謀史観(新潮新書) 』秦郁彦

身の周りに出来事の連続性があって、それがどうも偶然とは思えない。

そのとき、どこかの誰かによるひそかな企てなのではないかと疑えてしまう。たとえばユダヤ人、フリーメーソン、ナチ、共産主義者、さらには宇宙人等々。

それが、精神医学的な被害妄想と退けられるのではなく、歴史の修正を迫ることがある。それを「陰謀史観」という。

その「陰謀史観」の中で、日本近代史に実際に影響を及ぼしたものが本書にてピックアップされている。

疑心暗鬼の中で「陰謀史観」が相互作用をもたらし、実際に第二次世界大戦の心理的な背景にまで定着してしまったもの。そして、現代においての近代史を修正するべく現れいでているもの。

疑心暗鬼の被害妄想が、実際に歴史の悪しき推進力となってきたといえるのではない。

[1]アメリカが考えた日本の世界征服プランと呼ばれるもの

・明治以降の日本の大陸侵略があたかも一連の計画によってつくられたものとみなす考え方は東京裁判にてその訴追の前提とされた。

・1927年に時の内閣総理大臣田中義一によって天皇に上奏されたという「田中上奏文」がその最たるものだが、これは偽書であると認定されたため、東京裁判では証拠採用されず。

・田中上奏文は張学良の外交秘書、のちに国民党外交部の次長による偽造。

・しかし一方、幕末維新期にあったような対外膨張論もこの時期に多数あらわれた。綾川武治の人種戦争論、石原莞爾の最終戦争論等。

・ただし、それらは露骨すぎる内容であったため、どちらかというと八紘一宇のような政治的なスローガンのような曖昧模糊としたものがよく使われた。

・しかし、東京裁判ではこの八紘一宇が問題視され、これを世界征服思想として糾弾される。

[2]昭和天皇の陰謀

・東京裁判で昭和天皇が訴追されなかったことに対する不満は、いくつかの天皇陰謀論の著作を戦後に生み出した。バーガミーニの「天皇の陰謀」、ハーバード・ビックスの「昭和天皇」など。どれもが昭和天皇が軍部を使って主体的に侵略戦争を推し進めたという内容でアメリカやイギリスでは大きな話題を呼んだ。ただし実情を知る知日派学者からは批判されている。

[3]敗戦でいたる中で考えられた近衛上奏文の陸軍赤化論

・第二次世界大戦は日本国内の共産主義勢力の陰謀で、少壮軍人や革新官僚や右翼は実は共産主義者だった・・・というのが近衛上奏文。敗戦直前に昭和天皇はこの内容を近衛から注進されたが相手にせず。

[4]太平洋戦争はコミンテルン陰謀という説

・戦後になると、この近衛上奏文に似た論調で「コミンテルン陰謀説」というのがあらわれる。太平洋戦争は実はスターリンの陰謀だった云々という説。
・近衛上奏文における陸軍赤化説やコンテンルンの陰謀説も、当時の関係者があっさりと「騙されて」陰謀に気づかなかったというところが同じである。

そしてこのへんから先が現代の「陰謀史観」。俎上にあげられているのは、以下のとおり。

[1]江藤淳の占領軍の検閲によるマインドコントロール論

・戦後の米軍による検閲と「戦争についての罪悪感を日本人に植え付けるための宣伝計画」により、日本人はマインドコントロールされたとの論。
→それにより日本人は「自由」を奪われているというが、それを批判する江藤そのものが自由だからこそそのような陰謀論を立てられるのではないかと、著者はばっさり。

[2]田母神史観

・「張作霖を爆殺はコミンテルンの陰謀」というような、信憑性がほとんどないものから、学問的に否定されているものまであわせて、体系的に陰謀論をまとめたものが田母神史観。

・盧溝橋事件が中国共産党の謀略だったという説もかなり怪しい。しかしそれよりも問題なのは、そこから「シナ事変をはじめたのは中国側であるから日本は被害者なのである」というような理屈が断じられていること。

[3]藤原雅彦をはじめとする史観

・憲法改正、謝罪外交の中止、核武装などの政治目標をあげている論者に共通するのは、日本は外国からしかけられた諸陰謀の「被害者だった」との共通認識。

・田母神史観と藤原史観の共通は以下のとおり

-満州事変は日本の正当防衛
-いわゆる南京大虐殺はマボロシ
-東京裁判は勝者の一方的な裁き
-米占領軍によるマインドコントロール(戦争犯罪意識の刷り込み)

・ただし、藤原史観は1915年の対中21カ条要求頃から「王道」を外れたと説くが、結局は白人支配をアジアでくいとめたと称賛するところは同じ。

このへんが今後のナショナリスト陣営の主流的認識になりそう。

実際、これらのナショナリストの認識は大手をふって闊歩しているのが現在のところ。

そして著者は、これらの現代日本に流通する陰謀史観が「自慰的で学究的にも国際的にも通用しないもの」と批判する。
これらの陰謀論が、さらなる疑心暗鬼を呼び、それらが共鳴しあって、さらなる憎悪や脅威をうみだしていくのは、歴史が語っていくとおり。

 

 

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