「東京爆破計画」のために、米軍基地に武器を盗みに入る、革命組織「四季協会」の「秋」部隊。
しかし、作戦は失敗し、秋のグループの何人かは米兵によって射殺。
秋のリーダー「十月」も爆発の炎に眼を焼かれ失明する。
作戦に参加する予定だった「四季協会」の「冬」部隊は、勢力を失った秋部隊に対して主導権を握り、秋が隠し持っていた武器を、かつての仲間であった女性歌手とその恋人に対する凄惨なリンチの末に強奪する。
失明した十月と、秋の残党は、冬部隊の爆弾テロの成功を見て、自分たちによる闘争の貫徹を行うために、孤独な戦いを開始する。
「大衆など所詮大衆に過ぎない、やれるのは覚悟を持った精鋭だけなのだ」。
そうして秋によるテロが始まる。山下洋輔トリオのフリー・ジャズのインプロビゼーションをBGMに、最後まで秋の分派活動に懐疑的だった「木曜日」は、やみくもに爆弾を設置し、女性歌手は国会議事堂に突っ込み、そして月曜日は、新宿の街頭に爆弾の入ったカバンとともに消えていく。
脚本は出口出こと足立正生。若松孝二の政治の季節の相棒と言ってよいだろう。
この映画の撮られた前年、この二人は重信房子を案内人として、ゴラン高原のパレスチナ・ゲリラキャンプに潜入し、「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」を撮影して物議を醸している。
この映画で扱われた連続交番爆破の筋立ても、奇しくもロケに使われた新宿追分交番が公開後に実際に過激派により爆破されるなど、まさに現在進行形のテーマを取り扱っていたこととなる。
失明する主人公と内ゲバ的な闘争など、救いのない損耗に苛まされながら、革命遂行のために自分の存在をかけていかざるを得ない切羽詰ったやり取りが、それぞれ独自の存在感を放つ人間によって演じられる様は圧巻。
この当時の若松映画にありがちな、モノクロフィルムに唐突にカラーが出てくるシーン(カラーのフィルムが高かったため、配給会社のリクエストにより部分的にカラーを入れたとのこと)が、逆に唐突なだけに鮮明な印象が得られる。
国会議事堂に突っ込んだシーンとコラージュされて、晴天ながら白い雲がかかった富士山
をバックに車が爆発炎上するシーンなどは忘れがたい印象を残す。
全盛期ともいえる山下洋輔トリオがライブシーンで出演するのも特筆したい。
72年はすでに学生運動も内向的な闘争と、反動のように海外に展望を見出さざるを得なかった人たちの影響下で、すでに一般的な支持を失いつつあった時代。若松孝二は、それらの姿を追い詰めるようにカメラの下にとり伏せている。
濡れ場シーンや時代性として仕方ないものとしよう。
いずれにせよ若松孝二の時代をねじ伏せるような腕力を感じる映画である。
銀座シネパトス、「日本映画レトロスペクティブ-Part4-~月間若松! 若松孝二 連赤までの道程~」にて
若松孝二の政治の季節 ‘1972 / 「天使の恍惚」 若松孝二 【映画】
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