「小虫譜」 吉本隆明

吉本隆明では、当然ながら初期の詩編が好きではあるけれども、このへんのも好きだ。
吉本の詩で好きなものをひとつだけあげろと言われたら、これをあげることになるでしょう。
この詩は、全集などには掲載されていないのではないかな(未確認)。
「詩の読解」鮎川信夫/吉本隆明 より。
鮎川信夫の選ぶ、現代詩アンソロジー十編のうちのひとつ。
鮎川は黒田善夫の「空想のゲリラ」をあげていたり、吉本隆明は長谷川龍生の「理髪店にて」などをあげている。
この本を読んだのは、高校生のとき、たぶんどこかの図書館だったと思う。
「繋船ホテルの朝の歌」なども、この本にて知る。

「小虫譜」
ぼくは死なない
死ねば一緒に死ぬものがあるかぎり
たとえば庭の石ころのしたに
いるハサミムシ 驟雨が過ぎてなかなか引かない
泥水のなか溺れそうに泳いで渡る
霧のドーヴァ海峡
乱流のなかの敷石の涯へ
たとえば
サンゴ樹の葉のうらのキリモトラ・アブラムシ
一緒にどんなに来る日も
来る日も亡命を準備したろう
闇のダマスカスへ あの雫の吹きよせない
酷暑の檐(のき)の裏へ
たとえば
ミカン箱の方形の第4収容所
すこしモダンなプラスチック製の軍刑ム所
終身収容されたウラボシ科ヘビノネゴザ
すれちがいざまに来る夏もつぎの夏も
脱走について暗号をかわしてきた
水ぬるむ森林の大スンダ諸島
坂のしたの列島へ
そこに何があり
ぼくらは何をしてきたか
高尚と壮大の神学を排して できるだけ
小さな存在と組みたかった
大気に発電する太陽に反抗して その熱線の
とどかないさき
蟻の未来のような虫の政府を
建設したかった
この企図には悲しみが容れられた?
朝顔の蔓のさきから光る繊毛に
映ったのは露のような虫たちと
虫たちとの訣れか 邂逅か
ゆきたくなければゆくことはないと
囁いている羽虫の母
どうせどこへ逃げていっても世界が牢獄だ
ということは この社会では決定されている
と錯乱と同型の理論で説明する蜘蛛の小さな息子
これはちょっとしたいい風景?
<絶対的真理の大僧都>がいないので
世界の外に出て抽象的な反抗と
抽象的な理論にふけっているという声がきこえない
風に揺れる木の音
樋の問う瀑布へ
世界の外にはじつに
世界があった
虹の油煮とふりそぞく緑の蛋白質を食べて
まだ明日のさきに 動く密林のような
明日があるさ
虫の論理にある巨きな拒絶
咲く音楽の日の革命

吉本の詩にしてはカラフルで、特撮映画やアニメ映画的な描写が織り込まれていたりする。
そして、自意識の壁を築き上げながら、それでいて自分のふところに読者をひきつけていく仕掛けとかはいつものごとく。

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