「ビートルズを知らなかった紅衛兵」


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1966年から始まった文化大革命、その後10年にわたって中国の混乱をもたらす。

国家社会主義体制である中国の巨大な資本主義的繁栄は、この文化大革命が陰画のようにベースとなっているのは間違いがない。

1949年の中華人民共和国の成立からこの国を統治してきた毛沢東だが、1956年のフルシチョフのスターリン批判の頃には、中国共産党内の権力に揺らぎをみせており、自らが提唱した「反右派闘争」などの言論弾圧により求心力を得ようとしていた。しかし、経済的な失策は続き、1958年から開始された計画経済「大躍進政策」の失敗により、国家主席を辞任することになる。

ここから、劉少奇や鄧小平が、現実的な修正社会主義路線に転換を見せ始めるが、これも必ずしもうまくは行かず、毛沢東により再び権力を奪取するべき動きが始まる。

圧倒的な中国国民に対するポピュラリティを背景に、毛沢東語録を手にした学生「紅衛兵」による、個人崇拝・原理主義的な極端な社会改革運動は、林彪や江青をはじめとした四人組による中国共産党内部の権力闘争に利用され、さらに拡大していった。

「党内、政府内、軍隊内および文化の分野でのブルジョアの代表人物を批判し、除去し、一部は職務を異動させる」という毛沢東の「5.16通知」から、中国全土を巻き込んだ密告や私刑、「自己批判」という吊るしあげや法を無視した裁判が行われることによって、「革命の処置」は進んでいった。

「批判闘争」の火の手は、政府要人や密告により拘束された一般人を選ばず、制裁の対象となり、そしてあるものは監禁され、あるものは地方の重労働に処せられ、その家族も同様にされた。

犬を飼うことや植物を植えることは資本主義的な修正主義、ハイヒールやジーンズはブルジョア趣味、ちょっとした不平をつぶやいただけで「反革命的現行犯」となり、三角の帽子をかぶらされて街中を引き回され、そして裏切り者としての烙印をおされた。

政敵をひととおり追い落とした毛沢東は、拡大し続ける原理主義的な学生運動の無秩序な拡大の収束をはかるべく、今度は学生や知識人などを、「農村に学べ」という合言葉とともに、全てプロレタリア独裁下の永続革命の遂行を命じられ、貧しい農村に農労働のために送り込まれた。「下放」と呼ばれる政策で農村に送りこれたその数、1968年からの十年間で1,600万人。このため、2010年現在、50才から60才となる中国の世代は、一部を除いて、決定的に高等教育を欠いたまま世代でもある。

文革の運動が激烈になるにつれ、疑心暗鬼の密告が横行し、昨日まで「革命造反」を叫んでいたのもが、次の日には「反革命分子」として逮捕されるようなことが繰り返されるようになる。紅衛兵の内部闘争も暴力化していき、さらには共産党の権力闘争もねじれていき、林彪は毛沢東の手のひらを返した批判を恐れて、彼の暗殺をもくろみ失敗してソ連に亡命する途中に事故死する。

「あの文革では、被害者も加害者も区別できない。悪いことを全部を林彪と四人組のせいにするのはおかしい。」

本書「ビートルズを知らなかった紅衛兵」の作者は、20年ぶりに訪れた下放された村を訪れたときに、村の人に言われたという。
実際に、本書においても、作者の父は人民日報の編集長だったときには文革のアジテーションを行った立場であるし、筆者も小学生にして「反動分子」の家を襲い、吊るしあげにまで参加している。

体育教師を批判する壁新聞をつくり、生徒の前にひざまずかせて自己批判させ、後ろ手にして頭を押さえつけたまま生徒に詫びる歌を無理やり歌わせたのは、小学生の時の筆者だ。

街中が紅衛兵の腕章をつけた人、壁新聞、赤旗、宣伝車で溢れた。人々はこの新しい形の革命の中で沸き立っていた。自分の手で不合理な社会現象を変え、もっとすばらしい社会主義国をつくろうと期待感を抱いていた。

しかし、林彪・周恩来・江青といった人たちと渡り合いながら、毛沢東のマオイズムを伝えてきた人民日報の編集長である筆者の父は、この2年後に今度は「ブルジョア階級の陰謀家」「日本武士道の信者」として北京のいたるところに批判の壁新聞を貼られるようになり、最初は拘束され、そして結局は「反動家」として逮捕され10年の長きにわたって裁判なしに牢獄に入れられる。

ここからは、この党の要職にあった家族が一転して「反革命家族」となる。

 

ラストエンペラー (字幕版) ※映画「ラスト・エンペラー」で描かれた紅衛兵(満州国崩壊後の皇帝溥儀を「思想教育」した先生が捕まって自己吊るしあげられているシーン)
筆者のこの作品は、やはり学生の運動であった「天安門事件」の1989年に日本語で出版された。

文革の混乱の中で、学校も教科書もなく、僻地に送り込まれた青年は音楽家になろうと決心し、やがて父が1930年代に留学していた日本の言葉を勉強しはじめる。

そのひとつの成果が本書となるわけだ。

「ビートルズを知らなかった・・・」というタイトルは、日本語の語学を習得したために、後になる80年代の開放路線にのって日本の歌謡曲やその詩を翻訳してきた音楽を志した筆者が、現在からふりかえってつけたものだから、最後の最後までビートルズは最後までひとつも出てこない。

もちろん、文革の混乱の中で、外国の映画も音楽も禁止されたため、彼らにとってビートルズも何もあったものではないのだが。

この文化大革命は、マオイスト(毛沢東主義者)と呼ばれる一派をつくりだした。

ヒッピーの農本主義的なコミュニティ運動やゴダールの「中国女」のような無邪気なものもある。

また、連合赤軍事件のように、原理主義的思考が、党派主義または権力志向となって狂気と転化していく姿にも見出せる。

ビートルズの歌詞は、本書でふたつだけ取り上げられている。

ひとつは、アルバム「アビー・ロード」の「ビコーズ」。もうひとつは「イエスタディ」。

だが、この作者は知ってか知らずか、この曲の歌詞には触れていない。

But if you go carrying pictures of chairman Mao
You ain’t going to make it with anyone anyhow
けれど毛主席の写真を持ち歩いたって
それが誰だからといって何になるわけでもないし
「レボリューション」

ビートルズを知らなかった紅衛兵―中国革命のなかの一家の記録 (同時代ライブラリー) 本書の前半は、父と母の古き良き日々である抗日戦争から国共内戦までの日々が語られている。

悲惨ながら理想に燃える父と母の若き日々と、功成り政府の要職になったところまでの牧歌的でユートピア的な革命思想が、いつの間にか陰惨で悪意に満ちたものに転化してしまう中国現代史を見事に本書は概観している。

 
◇「ビートルズを知らなかった紅衛兵―中国革命のなかの一家の記録 (同時代ライブラリー)

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