あの島のかたちは・・・「アンダーグラウンド」 エミール・クストリッツァ

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アンダーグラウンド - goo 映画

もう何年も前に観たこの映画について、ひとつだけ確認したかったことがある。
それはラストシーン。
鵞鳥か何かの白い鳥が列をなし水辺にあがると、その向こうの岸辺では何か楽団とともに酒宴が行われている。
あれは主人公のおっさんと、もう何十年も前に死んだはずのかみさん。
そこに先ほどのシーンで惨殺された、主人公の親友にして、実は主人公を騙くらかして幽閉した張本人である元ユーゴラスラビア共産党の幹部と愛人。愛人は主人公の愛人でもあったから、かみさんはこの酒宴に同席するのに納得しないものの、しかたないかと受け入れるそぶり。
最初から最初まで鳴り響く、バルカンミュージック(ロマ人=ジプシーの楽団)が最後にこの不思議なハッピーエンドのようなものにも添えられて、そして岸辺はやがて陸から切り離されて、大河の中をプカプカと移動していく。
この切り離されて、ドナウ河(?)を漂流する小さな島の形。これが旧ユービスラビアのかたちだったのではないか・・・。
(どうぞみなさん最後の動画でお確かめを)
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民族主義が噴出し、「国民国家」なるフィクションが粉々に砕け散った旧ユーゴの内戦の悲惨は、様々な映画で描かれている。
しかし、幾多のユーゴ内戦をめぐる映画の中でも、この映画の特異なのは、騒々しい登場人物の破天荒な描き方や、グロテスクな「政治ファンタジー」のストーリーや、時折突出するシュールリアリスティックな映像の果てに、徹底的に不器用で支離滅裂な登場人物のエゴの対立や、一筋縄ではいかない政治模様の複雑さが描かれているモザイク模様の素晴らしさだけではない。なによりも、この映画が最終的には、赦しと和解に収斂していく、その思想が特異なのである。
騙し合い、殺し合い、さらにはそこから生じる略奪や強姦や迫害のかなたに、それでも人は赦しあえるのか。それが図太く物語を貫いているテーマである。
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旧ユーゴスラビアで多数派となっていたセルビア人への反発から、その他の民族と宗教をもった国々は次々と独立していく。
道化回しの役どころでしかない国連軍の兵士から「おまえはクロアチア勢力なのかセルビア勢力なのか?」と問われた主人公は、自分の所属は「祖国」だと答える。ユーゴスラビアの理想の「国民国家」の亡霊が地下からまっとうな答えをつぶやくが、それはもうこの映画の舞台となっている1992年のクロアチア独立戦争下では、もはやアナクロな認識に過ぎない。
世界に名だたる民族が入り乱れて、だからこそ独自の繁栄を誇った、ボスニア=ヘルツェゴナのサラエボ出身で、セルビアとムスリムの血を引き、古き良き「祖国」を夢見てこのような政治寓話を撮ったクストリッツァは、これで旧ユーゴの独立した諸国からも、セルビアからも、プロパガンダ映画と批判されてしまうのだ。
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もちろん、この批判を越えてこの映画の素晴らしさはゆるぎない。

もうすでに観た映画である。当時、ユーゴスラビア内戦に関する知識がほとんどなく、なんとも異様な登場人物の不器用な赦しの物語に、強い印象を持った。今回はその背景を少しだけでも知ったあとにニュープリント版で観た。
この映画には5時間の長さになるディレクターズカット版もあるという。そちらも観たくて仕方ない。

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