-->懐かしい気分にしてもらいました / 「SR サイタマノラッパー」 入江悠 【映画】 - Football is the weapon of the future フットボールは未来の兵器である | 清 義明

懐かしい気分にしてもらいました / 「SR サイタマノラッパー」 入江悠  【映画】

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◇「SR サイタマノラッパー」公式サイト

懐かしい気持ちになれる映画というのは、自分にとって、それだけで傑作である。
地方都市の小さなヒップ・ホップシーンをコミカルな舞台まわしにしながら、あてどもないモラトリアムからの脱出を無邪気に夢見るどうしようもないアダルトチルドレンの物語。
「青春」という言葉を使ってもいいのだろうけれども、これはさらに現代風なリアルな設定がしてある。高校卒業後、すでに何年も無職。アルバイトすらもしていない。
ここでは、「青春」などという言葉はまったくもって月並み。彼らはもっともっと現代的である。

ラッパーを自称する主人公と、そのまわりのヒップホップシーンの設定が、まずは楽しい。
リリックのボギャブラリーを集めるために新聞の切り抜きをしたていたり、韻踏みラインを壁に大きなメモ書きで飾ってあったり、やたらリアルである。「伝説のトラックメーカー」の先輩の描写も、近所にいるシロウトミュージシャンの典型みたいで、貧乏くさく、そして、懐かしい。
セリフ回しの楽しさもポイント。みひろ演じるヒロインとの掛け合いは絶妙。
その二人、元AV嬢の高校の同級生と主人公の関係も、捻くれた愛憎関係の萌芽みたいなものがさりげなく辿れるようになっており、そのささやかな吸引と反発の描写は、さわやかですらある。
イトーヨーカドーやユニーの生活雑貨売場の片隅にある小さな本屋のレジで再会した主人公とヒロイン。なぜあそこで主人公は逃げ出すのか、そしてそれをなぜ追うのか。あそこは、雑誌を持ち逃げしたから追うのではない。
ヤンキーに絡まれて病院にいったあとの主人公を、なぜヒロインは追うのか。罵倒の限りをつくして、主人公を否定しながら、しかし、そこには二人の共通の何かがあり、鏡のような関係を通して、お互い自分の何かを相手に見出している。
殺風景な二人の交点をきっかけに、主人公は何かをつかむ。物語はそこから加速する・・・ただし、それは主人公なりの速度で。
この映画の速度はセンスティブな風景描写を伴う。これもまた楽しい。
まるでウエストサイドのPVにでも出てくるような気分の夜の国道17号線、上機嫌な主人公が巨大な鉄塔を背景にして歩く東北道の土手、倉庫の溜まり場のほの暗い灯り。
そこに、独特のリズムをもった登場人物のやりとりが絡む。
つなぎのタイミングを逃してDJがそうせざるを得なかったような、安易なシーンのつなぎのフェイドアウト/インには目をつぶろう。それをおぎなってあまりある楽しさに感謝したい。

インディペンデントに近い映画でこれだけ楽しませてもらい、本当に幸せな気分である。
評価はこの監督の今後に期待して☆×5。
たどたどしい部分はすべて評定に入れない。
【おまけ】
ところで、この映画の監督の映画の舞台のイメージは90年代中盤のヒップホップシーン・・・ではないかと勝手に考える。
たぶん、監督はそのへん熟知している人ではないか。そもそも、サイタマノラッパーとか深谷という舞台などは、容易に四街道ネイチャーを思い起こさせる。
ヒップ・ホップが、やっと商業的に立ち上がり始めたあの頃・・・・いうなれば、ちょっとヒップ・ホップのボギャブラリーが古い・・・いや、もちろん設定は現在なんですけれども、この映画が描き出す、若さ故の痛々しさや、夢を追うことのかっこ悪さは、その時代あたりが何か似つかわしい気がする。これは自分だけの思い込み?おっさんだからスミマセン・・・と謝りたくになるにしろ、そんな勘違いすら許されるような優しさに満ちた映画であることは間違いなし。

FWF評価: ☆☆☆☆

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