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『歴代天皇のカルテ』 篠田 達明

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歴代天皇のカルテ (新潮新書)

125代の歴代天皇の資料を紐解いて、医学的見地から天皇家をめぐる史実の背景を探らんとする書。
もちろん実際に語られているのは26代継体天皇以降。これ以前は歴史上確実に存在したといえるだけの資料が記紀以外は存在しないし、その中では皆、神話の中の人物らしく揃って長命であり、これを確かに医者の立場から語ることはできないだろう。筆者は医師である。
初代神武天皇は127歳、6代孝安天皇は137歳に崩御と日本書紀。もともと2代から9代までの天皇家は記紀にもほとんど記述がなく、まあ実在したかはあくまでも神話の中の世界。さらには実在したかもしれないといえるそれ以降の10代崇神天皇は119歳、景行天皇に至っては143歳まで生きたとのこと。日本最大の天皇陵に祀られていると言われている仁徳天皇も没年143歳。ちなみに記紀のそれぞれで記述されている年齢が違っている。だが神話の中なのでとにかく皆長生きである。
実在したということがほぼ確実な継体天皇も日本書紀では没年82歳、以降3代続いて70代まで生きているというが、史上確実に没年がわかっている平安朝や鎌倉時代には平均年齢は40歳程度なので、これもどうやら怪しい数字。
なお、この神話~古墳期の天皇の伝説には非常にエキセントリックなものも含まれており、例えば21代雄略天皇は皇女の死体を切り裂き胎児を確認したとか、その息子を一人残して(清寧天皇)すべて殺してしまったなど。
(そのため昨今議論かまびすしい天皇家の世継ぎ問題で考えると、男系論だとこの22代でいったん皇統断絶になっているのではないかとの説も)
25代武烈天皇などは全裸女性をしばりつけて馬とまぐわしめたとか、傍若無人に人を戯れに殺してたとか、カリュギュラなみのエピソードがいくつも出ています。何かといえば兄弟で殺し合いしていたりするのも多い皇統ですが、このへんはいちばんヤバイですね。えっと、これ日本書紀に書いてあることなので不敬とか怒らないでくださいね(笑)なお、この武烈天皇に子は無く、ここでも皇統断絶があったのではないかと推測する人もいます。まあ、といっても、あくまでも神話の世界ですから、細かく言っても仕方ないんですが。
飛鳥時代から奈良朝・平安朝までは権力闘争と思しき時代で亡くなった方が多いのも特長です。自死や暗殺、狂死など。一見華やかな時代に思えますが、これはやっぱり宮中は暗い時代だったんではないでしょうか。なお、この時代の女帝推古天皇(33代)の摂政で、用明天皇(31代)の第二子である聖徳太子(当然皇位継承対象者です)は、その死後に蘇我入鹿によって一族皆殺しにあっております。基本的にこういうエピソードだらけ。政局のど真ん中の天皇像ですね。
時代は下り、武士が政権をとるようになると、承久の乱や南北朝を経て、後醍醐天皇を最後に政治の実権から離れていく。禁中の暗がりで神事を司る宗教祭司としての天皇像というのは、このへんからゆっくりとつくられていき、さらには徳川幕府の禁中並公家諸法度で完成していくことになります。そうすると実際に天皇が「親政」してきたのが、奈良朝よりちょっと前から鎌倉幕府までの約600年間くらい。宗教祭司としして賢所の奥深い暗がりで歴代の皇祖皇宗に祈ることによって神事を司る天皇というのは、そこから明治まで、またもや600年間くらいというところでしょうか。なお、室町以降の宮中は財政的にも非常に困窮してしまっており、即位の礼まで執り行えないようなくらいだったらしいです。
天皇のカルテといえば、大正天皇がいわゆる知的発達障害でなかったかという俗説について、筆者は否定している。宮内省が明らかにしたように、病状は幼児期の大患による中枢神経障害が徐々に進行していったのではないかというのが筆者のカルテである。なお、その子である昭和天皇は神話時代のものをのぞき、歴代最長寿。昭和天皇は幼少期の父親との思い出を非常に大事にしているらしく、戦時期に皇太子(今上天皇)と一緒に暮らす時間を長くとりたいと強く要望している。大正天皇は歴代天皇ではじめて、今のような皇室のスタイルで普通の「家庭」のように子どもたちを育てるようにした人である。それまでは子供も別に乳母と暮らしていたし、おおよそ家庭というものとは程遠い暮らし方だったのだろう。大正天皇の人柄を感じざるを得ない。
なお、その大正天皇は、はじめて側室制度を廃止したことでも知られる。それにふれて、筆者はいわゆる皇位継承問題について、女系うんぬんという以前に、もともと側室をたくさん抱えていた天皇家が、大正天皇以降に一夫一婦制になったことがかなりの将来的な問題になるのではないかとも語る。そもそも歴代天皇(史上実在が確認できる26代以降)で、生母が皇后と中宮から生まれたのは全体の27%にすぎないと指摘。大半は、側室から生まれた子供だったとのこと。もちろん当時の平均寿命や乳児死亡率の高さも考えねばならないのだが、それでもこちらにむしろ万世一系の危機はありそうである。

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