監督クリント・イーストウッドの時代 / 「チェンジリング」 C. イーストウッド 【映画】

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過剰な演技を排した登場人物は、映画の物語に押し流されながら、独自の印象を残していく。淡々とした演出は、物語の壮絶さや残酷さをうまく調和させるバランスを果たしつつ、微妙な風合いでスクリーンに溶かし込まれている。
これはイーストウッドの監督映画の基本パターン。
考えるに、アンジェリーナ・ジョリーは、そもそもそういう女優である。
残酷な社会に翻弄されながら、それに立ち向かっていくことをやめない母親の弱さと強さを的確に表現していることに感嘆する。そして、アンジェリーナ・ジョリーのその資質を計算づくで見出し、そしてこの物語に起用した監督力に脱帽する。
きっと、映画史が綴られていくならば、クリント・イーストウッドの監督絶頂期は、今、この現在と記載される日が来るだろう。
脚本もすばらしい。解決されない謎や未来を提示したまま、劇場に明かりがつく、だから観客は無口にならざるを得ない。それがイースト・ウッド映画。
人生も歴史も人間そのものも、本当は謎に満ち満ちていて、決して一筋縄ではいかない。
そこから決して目をそらしてはいけないのだ。だからといって、絶望はしている場合ではない。私たちは強く生きなければならない、自分がどんなにちっぽけな存在だったとしても。
クリント・イーストウッドは人生の「コーチ」であり続ける。鬼軍曹であり、頑固で口数が少ないコーチ。
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次回作は、またそういうコーチものみたいだけれど(グラン・トリノ)、きっとまた何かを考えさせてくれるだろう。
スクリーンと対峙した暗闇の中でしか考える機会が与えられない何か得体の知れない人間の謎について、このままクリント・イーストウッドに教えを請い続けたい。

FWF評価: ☆☆☆☆

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