逆立ちしたエディプスコンプレックス / 「母なる証明」 ポン・ジュノ

◇「母なる証明」公式サイト
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ひたすら圧倒される映画です。
映画が終わってスクリーンが白く照明に照らし出されて、なおも唖然としたまま取り残される類の映画です。
韓国映画の凄まじい映画力にまたしてやられた、そんなため息が出てきます。
まずは、素晴らしい!と素直に言わせてください。
タイトルからしたら、母子愛のドラマ。
まさにこのドラマは母子愛をめぐって展開するのですが、それがまたこの「愛情」が実はどのようなものなのか、圧倒的な物語の迫力と映像の峻烈さで暴き出し、不条理な悲劇とてまとめあげています。
その母子愛の正体とは、結局はエゴ・・・そして、エゴはエディプス・コンプレックスが逆立したもので、母親が女そのものになってしまうという悲劇でしかないのです。
映画の冒頭、悲しげに草原の中で謎のダンスをする母親、その秘密は映画のクライマックスで明かされますが、正直、唖然とするばかりの展開です。
ラスト・シーンは屈指の出来栄え。
全てを忘れてしまう足のツボに針を自らうつのですが、このときの老いた母親の太もものなまめかしさ!そして、ロングショットからバスを映し出す、狂気スレスレの光の色!
そして悲しく艶めいた音楽!
美しい目をした息子に翻弄されて、母の愛情から女の情念に揺れ動き、結局はどちらでもないエゴに落ち込んでいく女である母性の悲劇をこれほどに丹念に、しかも物語の迫力に満ち溢れたままで撮り尽くした映画というのはそうそうあるものではありません。
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さて、ここからは映画を観た人だけへの余談めいた話です[ネタバレ&深読み]。
そもそもあの「精神薄弱」の息子は、酔っぱらって記憶を失ったようにしているのですが、これは本当だったのでしょうか?
息子の友達は、自分を疑って密告した母親に、あえて「誰も信じるな」と母親に伝えます。
物語の進行する中では、この「誰も信じるな」というメッセージは、警察や社会の冷たい態度やまなざしを指しての発言だったかのように思えますが、よくよくふりかえってみると、この息子も息子の友達も、実は事の真相を全て知っていたのではないでしょうか。
だから、息子もひとつも反論しないまま警察に囚われるし、わざわざ事件を目撃していたと思しき廃品回収屋の老人に母親に会いに行かせる。
あまりに息子である自分の無実に執着する母親に困っていたから、あえて事件の真相を知る人に会わせるようなことをしたのではないのか。
息子の友人が伝えたかった「誰も信じるな」というのは、まさに自分の息子を信じて盲目になってしまってはいけないという警告だったのではないでしょうか。
だからこそ母親がカギを握る老人を殺害したのではないかと、わざわざ焼け落ちた廃品回収屋の跡地に、友人と向かい、そこに母親の痕跡を見つけ出す。
結局、「無実」とされた息子は、そればかりか何故あのように無残に屋上に放置されたかも母親に最後に明かす。きっと息子は、自分がほかの誰かを身代わりにして釈放されたことに、母親の愛という名のエゴイズムを見出していたはずです。
ラストシーン、旅行を母親にプレゼントする、普通ならば微笑ましい親子愛に見えるはずのエピソードがなんという皮肉になっていることでしょうか。
余計な深読みはあまりよろしくありませんが、たぶんこの映画は母親の愛情の正体のどんでん返しとともに、このどんでん返しが重ねてやってくるような筋立てになっていると思われます。
もちろん、こちらのどんでん返しはわかる人だけにわかるような仕組みにしてあるのですが。

深読みはおいておくても、いやー、快作です。傑作です。
この監督は今後もやるでしょう。期待します。
FWF評価:☆☆☆☆☆

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