ナチスの収容所を舞台にした心理劇です。
監督が交通事故にて急逝されたため、未完のままの結末の映画です。
撮影だけはしてあったが編集をいれてなかったと想像できるシーンは、スティル写真にてナレーションで処理されています。
しかし、これらの不幸な映画の成り立ちをさっぴいたとしても、これは傑作でしょう。
ナチスの収容所の女性看守の物語・・・ということであれば、昨年でしたら「愛を読むひと」がありましたね。あちらもかなり複雑なストーリー構造の映画でしたが、こちらは心理ドラマとしての掘り下げ方が絶妙で、それに強烈な説得力をもたせる映像がひたすら素晴らしいです。凝ったカメラワークにして、それが決して才に走らず・・・素晴らしいです。
ストーリーは次のようなもの。
南米で出会った夫(すでにここでナチスの南米逃亡パターンを思わせる設定です)とともに、ヨーロッパに帰ってきた元ナチスの女性看守。
ところが、船上で女性客(パサジェルカというのは女性の船客という意味)に出会うが、それが自分が強制収容所で、結果として死に送り込んだユダヤ人女性ではないかと疑念を抱く。
あまりの衝撃に、これまで自分の過去を話さなかった夫に「真実」を語り明かす。衝撃を受けるのは夫も同じであるが、その「真実」には、まだ隠された秘密があった。
収容所でその美貌からひいきにしてあげたのにも関わらず、自分から密通の懲罰に死の道に送り込まれたユダヤ人の女・・・しかし、その女と思しき女性から隠れるように船上をさまよううちに、元ナチスの女性看守は、その女に対する自分の愛憎と、かたや反抗心をひとつずつ思い返していく。
ストーリーはそのようなものですが、ナチスの収容所の女性看守と女性囚人の日常生活や、残酷な迫害や死の光景が、あたかも何事もない風景のように映像に綴られていく緊張感は、ちょっと忘れられない印象を残します。
結局、ノンキな同性愛的な思いが、この異様な強制収容所の光景の中で、きわめて当然にも、相手からはエゴとしてしか受け止められないのだが、それを看守の女性はあくまでも支配するものとして善意を強制していきます、そして屈服させようとするのです。
船上で出会った女性客は、ただ単に似ている人だったかもしれません。おそらくヨーロッパに帰ってきた女性看守の中で、よみがえりつつある記憶とむすびついた他人なのでしょう。女性看守は、自分のあのときの行為の正体をそこに見出していくのです。
いやー、これは凄いですよ。まずは、女性看守が映画の主人公として極めて印象的です。
理知的な容姿に、鋭い目線・・・しかしナチの制服の中には丸みを帯びた体つきがあって、やわらかい肌が美しい。
かたや、強制収容所のユダヤ人(政治犯やジプシーみたいな人もいるのでしょう)は、皆、獰猛な動物のような目つきをしています。その中に、ひとり、どうにもミスマッチな「善意」をひけらかす主人公がいる。
この対比があって、そして強制収容所の中の日常がこれを取り巻いている。これが淡々と日常的であって、そしてこれが不気味です。
ナチスの強制収容所を取り扱った映画の中では、これは図抜けてリアルです。日常的であるからこそリアルなのでしょう。
不幸な成り行きで未完となった映画ですが、これは傑作です。未完にて、ここま出来上がった映画というのも、さらには驚きです。
1961年ポーランド映画。
池袋新文芸坐にて、同じくポーランド映画「尼僧ヨアンナ」との二本立てにて。
となりの席には、老人の日本人男性と白人のお婆さんがいらっしゃいましたが、あれはポーランドの方なんでしょうね。
この「パサジェルカ」で、船上で再会?するユダヤ人女性の役のアンナ・チェピェレフスカは、もう一本の「尼僧ヨアンナ」でも不幸な女性を演じていました。
不幸な未完にして、しかし傑作 / 「パサジェルカ」 アンジェイ・ムンク
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