「カティンの森」 アンジェイ・ワイダ / 待てよ、この事件は他人事なのか

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ドイツのヒトラーとソ連のスターリンの密約によって、ポーランドは1939年9月1日ドイツに、9月17日ソ連に侵略された。そしてソ連の捕虜になった約15,000人のポーランド将校が、1940年を境に行方不明になった。当初は謎とされていたが、1943年春、ドイツがソ連に侵攻した際に、カティンでポーランド将校の数千人の遺体を発見し、「カティンの森」事件が明らかになった。ドイツはソ連の仕業としたが、ソ連は否定し、ドイツによる犯罪とした。戦後、ソ連の衛星国となったポーランドでは、カティンについて語ることは厳しく禁じられていた。
映画は、実際に遺された日記や手紙をもとに、「カティンの森」事件の真実を、ソ連軍に捕らえられた将校たちの姿と、彼らの帰還を待つ家族たちの姿をとおして描く。[アンジェイ大尉とアンナ] 捕らわれたアンジェイと行方を探していたアンナは再会を果たす。しかし逃亡を潔しとしないアンジェイは、他の将校たちとソ連の軍用列車で東へ連行される。一方アンナは苦労してクラクフのアンジェイの両親のもとに戻るが、大学教授の義父はドイツに逮捕され、収容所で病死する…。
「カティンの森」公式サイトより

ポーランドの独立記念日は11月11日なのだが、これが昔は7月だったそうだ。
どういことなのかといえば、1944年に旧ソ連がドイツ軍を駆逐し、ソ連の傀儡政権であるポーランドの共産政権が樹立した日が7月22日で、これをソ連崩壊の頃までは使っていたということで、現在では自由主義国となったため、その昔の1918年にロシアから第一次世界大戦の結果独立したときの日を改めて独立記念日としたということ。
大国に挟まれた小国の悲劇と、戦争加害者の告発が、全くもって冷徹に映像化されたこの作品を観て、まずは暗澹たる気分にさせられた。
エンドロールが無音のままというのも衝撃的だ。
ワイダは大げさに騒ぎ立てない。ただ事実のみを描く。
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さて、このカティン事件は、この事件はなおも終わっていない問題である。
ロシア政府に対して、この事件の責任を問うて、ワルシャワのロシア大使館の前にはカティンの森記念館が建てられているそうだ。
そして、この事件に対する謝罪と補償をポーランド政府は求めつづけている。
ここで思うのは、戦争加害者の問題や非道な虐殺は、なにもソ連政府だけではなかったということだ。それは世界中で今も散発的に行われていることであり、われわれも中国や韓国やアジアの国々で多数の過ちを犯している。
だから振り返ろう、これは全く他人事ではない。
アンジェイ・ワイダの実の父親をモデルとした作品を、80を過ぎた老齢で映画として撮ったことの意味を、わたしたちは共有しなければならない。
本レビューは、次のブログに拠るものです。
ポーランドからの報告
以下、アンジェイ・ワイダのインタビューです。

FWF評価:☆☆☆☆★

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