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娼婦の出自、慰安婦の原型 /「サンダカン八番娼館 望郷」 熊井啓

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文化大革命が終了し、鄧小平が3度の失脚から復活して実権を握ると「改革開放路線」が導入され、日本との本格的な国交が進められていき、日本の映画も少しずつ解禁されていくことになった。

日本映画を解禁というよりも、中国の暗黒の文革10年の時代は、海外の映画は北朝鮮やアルバニア、ルーマニアのような共産圏の友好国のプロパガンダ映画がこじんまりと公開されていただけであったから、映画そのものが解禁されたといっても過言ではなかっただろう。

その時に最初に公開された映画は3本。

高倉建主演の「君よ憤怒の河を渉れ」、「キタキツネ物語」、そして本作「サンダカン八番娼館 望郷」である。

この3本とも凄まじいまでの人気となり、高倉建はそれがため今でも中国人にとっての日本人スターであり続けているし、「サンダカン・・・」の栗原小巻も今でも国民的な知名度を誇る。

【参考】中国10億人の日本映画熱愛史-高倉建、山口百恵からキムタク、アニメまで

そのなかでも「サンダカン・・・」は、人民日報までが異例となる映画論評を掲載したといわれる。

鄧小平をはじめとする改革開放派は、文革によって荒廃した中国社会を外に向けて開くために、これまで徹底的に批難していた日本に対して本格的な国交を開かねばならなかった。そのためにひとつの理論武装が必要だった。

それは「日本人民も日本帝国主義の被害者だったのだ」という歴史観。「サンダカン・・・」は確かにその歴史観にほぼ忠実に沿った内容である。

帝国主義は、もちろん国家と軍事が両輪となるシステムであるのだが、それだけではこのクルマはうまく動くことはない。このタイヤを貫くのは資本主義というシステムである。

南洋に売られた貧しい育ちの娘は資本主義の被害者だったというわけである。
明治の生まれとおぼしき本作の主人公の女性と、いわゆる従軍慰安婦の公娼制度問題は時代も設定もやや違うのだが、きっと同じようなものだったに違いない。

おそらく経済的に貧しいものが、女衒の民間業者を使い、あくまでも正当な経済行為のようにして軍隊のために売られていくわけである。

ちなみに、幕末の横浜ではやはり公娼のための設備が幕府によって真っ先に建てられ(港崎遊郭・・・今の横浜スタジアムの場所)、さらに今度は戦後の米軍進駐に際して、内務省の指示によりRAAという公娼施設が、こともあろうか警察によって設置されている。

この2つの時代の外国人に対する娼婦の施設は、それぞれ被差別部落の貧しい女性があてられたということである。(「開港慰安婦と被差別部落」川元祥一)

朝鮮人の従軍慰安婦もこれと同じような経緯で連れて行かれたと簡単に想像できよう。

ドキュメンタリー映画「ANPO」では、RAA施設の求人広告!が、戦艦ミズーリ号の降伏調印の記事が掲載された新聞の一面に出ているを伝えている。

なお、マッカーサーは公娼制度がデモクラシーの理想と乖離しているという理由ですぐに廃止させている。

そろそろ映画のことを書いていこう。

暗い時代背景や事実とは別に、この映画がみずみずしさをもつとすれば、それは3人の女優に帰する。

すなわち、栗原小巻、田中絹代、そして高橋洋子である。

 

栗原小巻は自立した現代の女性像を演じ、老いた田中絹代の回顧の案内人となる。
田中絹代は、まさに「西鶴一代女」の化け猫扱いされた老残の娼婦のそのイメージを保持したまま、朽ち果てた畳みのうえでだらしなく背を丸めている。
そして高橋洋子は鮮烈な魅力で娼婦の一代記を、ボルネオと天草を横断して老け役に近い年齢まで演じきっている。

この3人の織りなす三角形になった図式が、すっきりとストーリーにまとめられているところに素直に好感がもてる。ボルネオの娼館のスタジオ撮影が時代を感じさせるリアリティの無さが気になるが目を瞑れるレベルではある。

社会的弱者としての女性の単純な造形は、これはテーマがテーマであるだけに仕方ないだろう。本当はもっと汚れて滑つくような執念や執着が女達にはあるはずだし、それを観たいという映画に対する注文も無きにしもあらずだが。
きっと、そこまでやってしまっては、文革から開放された中国人民のナイーブなこころには受け入れられなかっただろう。中国当局は、その図式的でわかりやすい単純化が施されたこの映画をピックアップしたのだろう。

コメント

  1. 映画 サンダカン八番娼館 望郷 をみた

    サンダカン八番娼館 望郷 [DVD]クリエーター情報なし東宝
    この映画は山崎朋子さんの原作を社会派巨匠熊井啓監督が映像化した作品である。
    悲しい女性の”からゆきさん ”の歴史を栗原小巻。田中絹代、高橋洋子の女優たちが描き残したいい映画だ。
    キャスト: 栗原小巻、?…