◇「殺人の追憶」
疑いようもなき名作であるので、当然ながらどこのレビューを見ても、本作については絶賛オンパレード。
韓国現代史の暗闇を排水溝の土管に覗き込むような趣きもたたえつつ、立派にサスペンスとしても文芸作品としても成立している本作、韓国映画の黄金時代が咲き乱れる先駆けとしての位置づけも重要であろう。
ここまで良くできた作品だから、逆に自分にとって改めて書くことも少ないのであるがひとつだけ思いついたことを。
これは映画そのものの話ではなくて、この映画がモチーフとした実際に韓国であった「華城連続殺人事件」と「野獣刑事」という映画について。
さて、この映画、とある日本映画ととても設定が似ているところがある。
それは1982年の東映作品、工藤栄一監督・緒形拳主演「野獣刑事」がそれである。
まず登場刑事の、必ずしも正義とは言い切れない点。拷問や見込み捜査も確信犯的に行い倫理的に退廃した警察の、生活感あふれる厭らしさが損なうことなく描かれている点。
そして、何よりも雨の日に赤いものを身に付けた女が次々と殺人鬼に襲われるという設定。「野獣刑事」では、赤い傘の女が連続殺人として襲われ、そこには不気味な画が決まって破り捨てられているということになっている。本作「殺人の追憶」では、雨の夜に赤い服を着た女性が連続して狙われるという設定だが、なんとなく類似性があるではないか。
最初に「殺人の追憶」を観たときには、きっとこの「野獣刑事」の設定にインスパイアされているものなのだろうと思った。だが、待てよ。
よくよく考えてみるとこの映画は実際に起こった事件、つまり「華城連続殺人事件」をモデルにしてつくられた映画であるはず。
そこで、映画と全く同じく未解決のままとなったまま時効を迎えたこの事件について、さっくりと調べると、この「雨の日の赤い服を着た女が狙われる」というのは、この事件のおこった華城市台安邑安寧里で住民によって伝聞された「デマ」ということである。
それにしても、この「雨の日の赤い服を着た女が狙われる」というのにあてはまるのは、4人目の犠牲者の女性だけ。
突如、こういうデマが流れてしまうのは、なんとなく流言飛語の類としても、唐突すぎるような気がする。
この事件が起きたのは1986年。この4年前に「野獣刑事」は日本で公開されている。
つまり、このデマの出所は映画「野獣刑事」ではないかということ。
もちろん韓国で日本映画の上映が解禁されたの1998年。
それからも韓国映画は、産業として保護主義に守られており、スクリーンクォータ制により外国映画の本数そのものが制限されているし、そのために旧作もスクリーンにはかかりにくく、さらには未公開映画に関してはテレビもビデオも発売が出来ないそうである。
そんなわけで、「野獣刑事」が人口に膾炙されているというのはあり得ないことになるわけですが、そこはそこで韓国と日本の近い関係。
ちょっと前に在日韓国人が日本で観た映画の内容と、その警察の封建主義的腐敗のあり様とともに酷似しているのでないかということで、どこかで目の前に起きている事件と結びついたのではないか・・・などと、考えたりするわけです。
必死の犯人探しに動員された韓国警察は、藁をもすがる思いで住民の流言にも裏をとる。すると、そこに日本映画の「野獣刑事」と酷似しているとの在日韓国人からの証言。
もしかすると、日本で観たあの映画と似ているというタレコミもあったかも知れない。
それを確かめてみると、確かに己の普段のゴリラ警察っぷり振る舞いも、鏡のように工藤栄一ワールドに、夜に濡れるアスファルトは男の世界的!に格好よろしく映し出されていたりするところに感銘しつつ、こういう映画と類似してますよ的な報告も上司への報告書に参考程度まででも入れたかも知れない。
それから10数年後。
映画化するにあたって、事件の資料をひっくりかえすポン・ジュノと脚本家。
そこには、映画を観ていただけじゃねーか!と上司の突っ込みに黙殺されたか撃沈したかの古い報告書のなかの日本映画「野獣刑事」と事件の類似(?)性。
これは面白いと日本からDVDだかビデオを取り寄せると、確かにこの映画は面白い。
泉谷しげるのシャブ中が暴れる後半はともかくとして、訳あり女と同棲し、仕事は出来るが前近代的捜査丸出しで殴る蹴るを繰り返す刑事という設定は、「雨の日の赤い服を着た女が狙われる」という流言飛語とともに、ちょっと参考にさせて頂きました!
・・・というような妄想が自分の中で出来上がったわけですが、いかがでしょうか?
無理あるか!
まあ、いい映画だから、これくらいのイマジネーションもふくらまさせてください(笑)
早稲田松竹にて、「母なる証明」とのカップリングのポン・ジュノ特集にて。
この監督はやはりスゴイです。
華城連続殺人事件と「野獣刑事」についての妄想 /「殺人の追憶」 ポン・ジュノ
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