ピンポイントのタイミングの良さで、読売巨人軍の渡辺恒雄球団会長と清武GМとの「内紛」。
決定権限者である自分の頭越しで、せっかく決めた取引や人事をひっくり返されてブチっと切れて、やってらんねえよ!と上司にクビ覚悟の文句を言うようなシーンは、サラリーマン社会ならば、ちらほらと見聞きする話。
ところがこの話は、稀代のワンマン実力者であり球界のみならず、政界や経済界にまで影響力を及ぼす怪物が相手で、しかもそれを相手にするのが叩き上げの経済事件記者あがりのGMだったらからややこしい。
なぜか文科省で記者会見して、「コンプライアンス」なる言葉まで持ち出して、かつての自分が記事にしていた企業の不祥事のように「告発」したから、さあ大変!
サラリーマンを20年やりました自分からいわせてもらえば、まあ上司にブチ切れた話をこんなエキセントリックに取り上げても、単なるスケールの小さなお家騒動にしかみえませんといったところ。清武さんみたいな経済事件記者が、「企業統治」から説明すればトンチンカンな理屈を仕立て、こんな勝ち目のなさそうなバトルを仕掛けるのは、よっぽど普段から腹に据えかねることがあったんだろうけれども、それにしてもそのGМの職にしても、そもそもナベツネから与えられていたんだから、まあ自業自得というところか。
まあ大変ですねえ。
大向こうを狙った告発文と反論と再反論が公衆の面前でやりとりされはじめた、まさにその日!この「マネーボール」を観にいくことになったのは狙ったわけではありません(笑)
あらすじ。
弱小チームのアスレチックスのゼネラルマネージャーに就任した、元ドラフト1位の主人公がブラッド・ピット。就任一年目からして優勝争いに食い込ませる活躍をするが、弱小チームゆえの予算の少なさで選手の流出を防ぐことができない。
ある日、トレードの申し入れにいったチームに、太ったオタクのデータ解析のイエール大(超エリート!)出身の若手社員に出会う。
選手の評価やデータを試合に活す理論が間違っていると説くこの男を引き抜き、自分のチームの大改革に着手する。
出塁率重視の選手起用(トレード)、見かけの筋に騙されない結果数値の適用、出塁率を減らすバントの禁止等々。
ベテランのスカウトも、フィリップ・シーモア・ホフマンの新監督も、それで選び出される選手や起用方法に全く同意ができない。
ベテランスカウトは、清武さんなみの勢いで罵詈雑言を残してチームを去り、したたかで老練な爺さんのホフマンは話を聞いたふりして現場では自分の判断で選手を起用する。
しかし!自分の信念を変えないブラッド・ピット。堂々と現場に介入して、監督の頭越しに気に入らない選手をトレードに出し、1塁に自分が連れてきた選手を使わないとなると、監督が起用している一塁手を勝手にトレードに出す(!)
まあナベツネも顔負けのやりたい放題ですよ、これ(笑)
というものの、企業統治の考え方からすれば(笑)、これは致し方ない。気に入らないなら辞めるしかないですよね。または文科省で記者会見するとか(笑)しかしホフマン監督は耐える、中年管理職のように耐える。
結局、データ重視の野球采配(アメリカの野球界では「新思考派」というらしいです)は、挫折しつつも、それでも旧来のチームマネジメントや人間重視の発想をミックスさせながら(ブラット・ピットが選手のクビを変える仕事なので試合は一切みないという決めごとを、娘との対話から意を決して自分から観に行くところが象徴しております)、結果をつかむ。
そしてご丁寧に他チームからの高額のGМ就任のオファーも断ってハッピーエンド。カネじゃいなんだよ、ロマンなんだよ、ということですね。なるほどねえ。
まあ、ぶっちゃけ、この映画は「フェイスブック」と同じく今のアメリカの企業統治の考え方やビジネスの革新を取り扱った「新思考派」の映画ですよ。
マネーボール理論(もっと古くは「セイバーメトリクス」というらしいです)は、統計学の専門家のオタクくんの説明聞いている限り、そして特に選手の売り買いするときの評価は、金融工学やフィナンシャル理論やオペレーションリサーチです。
財務諸表をそのまま読んだだけではわからない、隠れた企業の価値を工学的に見つけ出し、その企業を買収し高値で売り抜ける、それが企業買収の現在の主流です。
人気指標にしかすぎない株式価格と企業の実際の事業バリューの差を売り買いするのが、彼らのダイナミズムです。
会社を買収すれば、ドラスティックな不採算事業のカットやコスト削減などをします。そういう経営者は、きっとブラピのGМのように現場には出ないでしょう。それは逆に仕事の妨げになるから。
映画は多少強引に、単にカネじゃなんいだよ、数字だけでもダメなんだよ、とさり気なく付け加えて終わりますが、まあ実際のところは、そういうテーマの映画でしょう。
きっと、この映画の投資家へのプレゼンはうまく進められたと思いますよ(笑)
技術革新とかモチベーション理論とか、英雄的に破天荒な天才経営者の神話みたいなテーマが長らくアメリカの企業テーマの映画は繰り返されてきてましたが、「フェイスブック」とか本作とかをみると、うむ、ちょっと変わってきているような気がしますね。ようするに倫理観がないというか(笑)
そんなわけで、以上のような意味で大変興味深い映画ではありましたが、なんつーか映画としてはどうなのかというと・・・。たんたんと饒舌な主人公のセリフまわしでお話が進んでいくところも「フェイスブック」みたいで、あの映画も苦手だった自分でありますし、さらにブラッド・ピットが、いつの時代もどんな役をやっても、どうしてもアホにしかみえない自分には・・・。
しかもナベツネだしなあ(笑)そんなの仕事の話みたいなの、わざわざ映画で観るのもなんだかだしなあ。
FWF評価:☆☆☆★★
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