イギリスの実在の泥棒を取り扱った映画で、セミ・ドキュメンタリーというわけなんでしょうが、筋立て事体が事実に基づくとすれば、この映画はこじんまりとアクション映画とおしゃれなクライム・サスペンスの真ん中に位置取り、それがなんだか中途半端。
俳優も脚本も映像も、どれも今ひとつパッとしないまま終始する。
事実に基づく映画というならば、もっとキャスティングを考えるべきだし、濃いのだが薄いのだかわからない登場人物が、リアリティをひたすら削ぎ続ける。… 続きを読む
思想が狂気に転化する瞬間 / 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」 若松孝二 【映画】
◇Wikipedia「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
下北沢のミニ・シアターで観る。
街中のティーンや大学生が集まる雑踏を通り過ぎて、角を曲がったところの小さなスクリーンの前に集まっていたのは、初老と思しき中高年の姿ばかり。
ほとんど再現フィルム仕立てのドキュメンタリーに近い映画のつくりで、映像の向こうから、「目をそらすなかれ」という声が絶えず聴こえてくるようだった。
思想が狂気に転化する様が延々と3時間続いていく。… 続きを読む
彼が人形を愛さなければならなかった理由 / 「ラースと、その彼女」 クレイグ・ギレスピー 【映画】
◇「ラースと、その彼女」公式サイト
主人公が人形を愛するようになってしまった事情について少しまとめてみよう。
おそらく、彼が狂気に陥る引き金となったのは、兄嫁の妊娠なのではないかと思う。
出生と同時に亡くなった彼の母と同じく、すべての女性は自分と遠いものなのだ、いや遠くなければならないのだ、そういう強迫観念が、来るべき自分の兄の子供の出生をめぐって抑えきれないものとなった。
つまり彼の心の底では、子供が生まれることにより、義姉が死んでしまうのではないかという恐れが前提としてあり、その思い込みが、母と子は通じ合ってはいけないという観念をつくりだす。… 続きを読む
現代マンハッタンのフィールドワーク / 「私がクマにキレた理由(わけ) 」 シャリ・スプリンガー・バーマン 【映画】
民族学を専攻して大学を卒業したスカーレット・ヨハンソンの主人公がつぶやくモノローグがある。
「研究者が研究対象の集団に入り込みすぎて、研究として逸脱することがある。これをすなわち原住民化という。」
「研究者の視点が、往々にして対象集団を変えてしまうことがある。」
往々にして、物事を客観的に見るということにはワナがある。
自分自身をとりまく環境を、あたかも研究者が対象を取り扱うように客体視することによって、自分のポジションそのものを無効にしてしまう・・・つまり現状を逃避してしまうトリックに使われる。… 続きを読む
ドイツとトルコ、キリスト教とイスラム教の横断 / 「そして、私たちは愛に帰る」 ファティ・アキン 【映画】
犠牲祭(イード・アル=アドハー)をストーリー上の軸として、ドイツとトルコを横断する親子の物語。
放蕩の果てに娼婦を殺してしまう親を持つトルコ移民の子供。
母をドイツに出稼ぎに出したまま、テロリストになってしまった子供。
(たぶんアルメニア人などのトルコのキリスト教徒なのかな?)
テロリストに愛情を感じた故に事件に巻き込まれた子供を持つドイツ人の親。
犠牲祭とは、親と子の物語。
子供を差し出して、神への帰心を証明するものは祝福されるというコーランのエピソードに真っ向からはむき、それを超えてしまう愛をめぐって偶然にも邂逅した3組の親子を追う。… 続きを読む
琥珀色のスモーキーなフレーバー / 「エグザイル/絆」 ジョニー・トー 【映画】
◇「エグザイル/絆」公式サイト
極上のスコッチ・ウイスキーには泥炭の香りがする。
ブランデーを一度つくった樽を焼き、そこに海草の灰を塗りたくってからウイスキーを熟成させるからだ。スモーキーな香りは、そんな作業から作られる。
ウイスキーの琥珀色。これはまたセピアカラーとも称する。
微妙に血生臭いセピア色に染まりながら、説明を極力省いて物語は進行する。凝縮された映画的な男のフレーバーがひたすら110分続く。この映画はそのフレーバーをどれだけ精密な仕掛けで観せていくか、その一本勝負。… 続きを読む
浅ヤンくらいまで / 「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」 【映画】
アイディアに走りすぎるも・・・ / 「リダクテッド 真実の価値」 ブライアン・デ・パルマ 【映画】
のっぺりとした独特の間延び感だけを我慢すれば、よい作品かと思う。
テーマも挑戦的だし、ストーリー的なアイディアも豊富。
ただ、ハンディカメラや監視カメラで撮影された映像という設定が間違っていたのかも知れない。PCの画面に動画が流れる画面を延々見せられるのも苦痛。
思い起こすと、同じハンディカメラで撮られた記録というアイディアを使った「ブレアウィッチプロジェクト」や「クローバーフィールド」が、ただ単に素人映像という設定であるだけで、いかに映像的に作りこまれていたか、あらためてわかる。… 続きを読む
濡れたアスファルトの路面は男の舞台 / 「デス・レース」 ポール・W・S・アンダーソン 【映画】
闇の中を、鈍器のようなものが飛び交い、鋼鉄のクルマが走り回る。オープニングからして、鉄工所をリストラされるシーンから始まる、まさに「鉄」がテーマといっても過言でない強力B級アクション。
「鉄は国家である」といったのはドイツの往年の名宰相だったが、映画では鉄は漢のテーマに他ならない。
意味もなくどこかしこの路面も、水に濡れていて、暗闇にギラギラと光を反射させている。これもまた、野郎の世界のお約束の舞台まわし。… 続きを読む
小さく慎ましやかな佇まいのラブ・ロマンス / 「ブロークン・イングリッシュ」 ゾーイ・カサヴェテス 【映画】
◇「ブロークン・イングリッシュ」公式サイト
単なるアラサーのラブ・ロマンスと片付けるには惜しい佳作。
丁寧に光と陰影を映像の中に取扱い、心理描写もこれまた繊細。
揺れ動く主人公の心理も適度に抑えた演技のまま。これが悪くない。
テレビドラマのラブ・ロマンスのジェット・コースター的なストリーリーの荒唐無稽さに慣れた女性には、刺激は感じられないかもしれない。しかし、自分にはこういう抑制の美学で、十分だ。そんなに笑えないし、泣けないし、だからといって、それが不要というものではない。そんなことが大人の女性の恋というものなのだろうから・・・と解釈する。… 続きを読む