ナチスは「親日的」だったのか? -日独合作映画『新しき土』と翻訳されなかった『わが闘争』


ナチスは親日的だった?

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同盟国であり、ともに敗戦国であったからという理由から、ナチスドイツに対するシンパシーのような空気が一部に存在する。

その彼らが言うには、「ナチスは親日的だった」そうである。

だが、これは欧州のディプロマシーの中のプロパガンダをナイーブに信じ込んでしまった結果に過ぎない。現実はもっと複雑であり、ナチスの思想はもっと残酷であった。

 


ドイツの国策「親日」映画『新しき土』

 

1937年に公開された日独合作映画に『新しき土』がある。撮影は日独防共協定の前年。

当時バリバリの新進女優であった「銀幕の処女」原節子が主演。日本映画黎明期の職人伊丹万作(伊丹十三の父)がドイツ人と共同監督。ドイツ側監督は、アーノルド・ファンク。山岳映画の巨匠である。軍人に守られながら、満州の開拓に日本人娘が入植する結末に終わるこの映画。ドイツ語タイトルは『サムライの娘』。この映画は日本では大ヒットした。1937年プロモーションのために原節子はドイツに向かう。

 

 

この時、『新しき土』はヒトラーやゲーリング、そして宣伝相であり、実はこの映画の仕掛け人だったゲッベルスが初日の上映に駆けつけている。

監督のアーノルド・ファンクは、ゲッべルスをしてこの男こそ「本物のナチだ」と言わしめた男でもある。この監督がなぜか日独合作映画を撮ることになった。それはもちろん、ドイツの国策である。

日本が満州事変から中国大陸への進出が続き、国際的な孤立を深めていた時期。『新しき土』のスタッフとして入国した政商フリードリッヒ・ハックは、秘密裏に日独防共協定の交渉に臨んでいた。映画の予算は当時としては破格のものだったが、当然これはゲッべルスが提供したものだ。こうして日独防共協定(1936)が結ばれ、後に日独伊三国同盟(1940)と発展する。この日独伊三国同盟がアメリカを刺激し、日本の在米資産凍結や石油の対日全面禁輸からハル・ノートに至る、対米戦争の決定的な引き金となったのは後のことである。

この頃に、ナチスドイツによる日本賛美が様々な局面であった。『新しき土』はそのひとつである。

 

 

確かに『新しき土』は「親日的」表現に満ちている。また同時にナチス政権下のドイツと日本が露骨に友好的に描かれている。海外の映画に出てくる日本人といえば、必ずカリカチュアされたものばかりであった時代、日本人が外国人と対等に描かれて、それが日本賛美に満ちていれば気分も悪いものではない。ヒトラーの発言にもいくつも日本を称賛する発言が記録されている。
だが本当のところはそうだったのだろうか。

 

日本語版翻訳がカットされた『わが闘争』

 

ヒトラーの自伝にしてナチスのバイブルだったわが闘争には日本に関する記述がいくつかある。

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)有名なくだりだが、一応まとめておく。

人類を文化創造種、文化支持者、文化破壊者の三種類に分けるとすれば、第一のものの代表としてアーリア人種だけが問題となるに違いなかろう。日本は文化支持者であり、アーリア人種による影響がなければ、日本の文化は硬直して進歩しなくなる。このような人種は決して文化創造的と呼ぶことはできない。

『わが闘争』はユダヤ人に対する偏見と憎悪、血統主義と優生思想が繰り返し説かれている。

例えば国民概念も、(1)国家市民 (2)国籍保有者 (3)外国人という3つに分けられている。ここでいう「国家市民」というのは兵役や職業をもった人が成人してから認められるものであるが、それ以外に人種が必要条件となる。したがって日本人がドイツ人と結婚しても、その子供がドイツで生まれたとしても、ドイツ国籍とはなっても「国家市民」にはなれない。

日本に関する言及はこれ以外にいくつかあるのだが、それを置いても激しい選民思想と排外主義はさすがに日本人としても納得ができない。

ところが、日本で『わが闘争』が翻訳したときに、このような表現は全てカットされた。(正確にいうと抄訳が一般に流通した)

そのため次のようなことがおきている。

当時のベストセラーであったヒトラー『吾が闘争』にかんして、省内各部局に通達をだし、井上(井上 成美、終戦時の海軍大将)はこう注意をうながした。 「ヒットラーは日本人を想像力の欠如した劣等民族、ただしドイツの手先として使うなら、起用で小利口で役に立つ国民と見ている。彼の偽らざる対日認識はこれであり、ナチス日本接近の真の理由も其処にあるのだから、ドイツを頼むに足る対等の友邦と信じている向きは、三思三省の要あり、自戒を望む」

これでは親ドイツ派の中堅クラスがカッカッとなるのは当然である。 「オレは『マイン・カンプ』を隅から隅まで読んだが、そんなことはどこにも書かれていなかった。局長はタメにする虚偽をわざわざいっているぞ」と大いにまくしたてる局員に、井上に近い同期生が笑いながらたしなめた。

「井上さんは原書で読んでいるんだよ」

三笠書房から大久保康雄訳ででた日本語訳は、当然のことながら、ヒトラーの露骨な日本蔑視、黄色人種差別の嫌悪感などがカットされていたのである。

“「山本五十六」半藤一利” –原典にあたる必要性より

 

ナイーブな日本の「外交」 …国民党を支援していたナチスドイツ

 

日独防共協定が結ばれる前に、ナチスドイツは中国の国民党政府と協力関係にあり、かつ日独防共協定が取り交わされてからもほぼ公然と国民党軍を支援していたことも有名である。

1937年の上海事変にて、日本軍が大苦戦して甚大な被害(死傷者4万人超)を被ったのは有名な話だ。この凄惨な被害が南京虐殺の遠因となったとも指摘する、秦郁彦のような論者がいるくらいだ。

なぜこのように苦戦したかといえば、この当時の国民党軍の主力が、ドイツの参謀本部の指導のもとに訓練され、さらに戦術式や要塞構築もドイツ式を導入し、そればかりか兵装の類までドイツから供給されていたからである。これらの資金はドイツからの借款によって可能になっている。

なお、この上海事変は日独防共協定の後におきている。つまり、ナチスドイツは両面支援を行っていたわけである。そのために、『新しき土』では満州の日本軍占領と独立を肯定しているように描いているが、実際に満州国を承認したのはもっと後のことである。

余談だが、国民党軍がナチスドイツと結んでいたことは、中国ではあまり触れられない。巨匠チャン・イーモウ監督、クリスチャン・ベイル主演の『フラワーズ・オブ・ウォー』 (2011)は、南京事件を扱った映画だが、ここでは国民党軍がドイツ軍兵装で武装している姿が描かれている。たぶん中国映画でこの史実に基づいた軍装で国民党軍が描かれるのは初めてではないか。

 

(なおこの貴重なフィルムは、例によって『反日映画』ということで日本では公開されていない。)

 

一方で、対ソ連の軍事同盟を日本と結んだドイツは、その2年後、仇敵であったはずのソ連と不可侵条約を締結する(1939)。

ソ連について『わが闘争』では、

ロシア・ボルシェヴィズムは20世紀において企てられたユダヤ人の世界支配権獲得のための実験

ロシアを完全に支配しているのは国際主義的ユダヤ人

ロシアの統治者達は血で汚れた下賤な犯罪者であり、人間のクズである

ロシアとの条約の結果はドイツの終末となる

そのようなロシアとの条約は人間が寄生虫と契約するようなもので、やどりぎと協定を結ぶようなもの

・・・と延々と口を極めてののしり続けている。

実際、ヒトラーはやどりぎの蔦を断ち切るように、独ソ不可侵条約をソビエトに侵攻するという形であっさりと破棄している。独ソの不可侵条約締結の時、日本と同じようにソ連友好のプロパガンダが流布されたことは言うまでも無い。

日本との同盟が、リップサービスやパフォーマンスにいくら彩られていても、所詮はこのようなものが外交である。

日本人を二等国民とした蔑視思想をもった『わが闘争』の抄訳しか読んでいなかった日本人はこれに気づかず、上海事変ではドイツ軍の指導がはいっていることを外交問題に発展することを怖れて黙殺し、独ソ不可侵条約でも裏切られ、「欧州情勢は複雑怪奇」などと時の総理が呑気なことを言うほどナイーブなのが戦前の日本人の国際認識であり、そして現在でも「ナチスは親日的であった」などと言い募る人間もそこから全く進歩していないわけである。

 

 


『新しき土』の原節子は、ベルリンに行って数多くのレセプションに参加したり、様々な歓迎行事にひっぱりだこになったそうだが、これらを離れるとホテルでも交通機関でも、アジア人として一顧だにされない。街を歩けば中国人といわれると不満めいた当時の回想を残している。同行した映画監督熊谷久虎は、その同盟国ドイツ人にすら白色人種以外は人間扱いされない、と憤激していたことも付け加える。

 

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