中平康の傑出した才能が煌めく、60年代の学生青春群像劇の秀作。
就職目当ての利己的な目的で大学の門をくぐる学生と、学問をないがしろにした大学・・・一方、若者のそれぞれの思い思いの自己表現の場所ともなっている日本の大学に、アメリカ帰りの教授が鳴り物入りで赴任する。
最初はその輝かしい経歴と合理主義的な大学改革は皆に歓迎されたかに思えたのだが、ある日、授業料の値上げが決定されると今までの教授の方針に学生たちの不満が募りはじめる。
この一本の筋に、様々な学生たちの魅力的な青春劇が次々と現れてはからみついていく。
自主製作の映画をつくると皆に出させたカネを無駄に使い込んでしまい、つるしあげられたあげくの果てに下宿のひとり娘と借金のカタに結婚するハメになってしまう演劇学生。
学生寮で高利貸しを営む女子学生。暴走族のためにバイクをレンタルするハーフのチャラ男の二枚目はある日イタリアに旅立つ。
授業料もせいいっぱいなために寮で盗みをしてしまう女のコは退学していく。
盗みの犯人探しを批判している女のコは自分自身も水商売で生活を成り立たせているが、ある日、恋人にそれを偶然にも見つけられたショックから、人を殺めてしまい自殺する。
そしてその恋人は就職に必死で、水商売していることも知らないまま、何ひとつやくにたたなかった秀才のダメ男である。
これらの群像劇の中心にいるのは、眩いばかりの魅力を放つ中原早苗。
チャキチャキに早口でまくし立てる長科白と身体のリズムが独特の軽やかさで楽しく、そして美しい。
演技のリズムは決して平板なものではなく、シャッフルの微妙なタメでスピード感や躍動感をもっている。これは中平演出の魅力のひとつの極み。
それぞれの演技が練り上げられたリズム感とスピードの強弱をもつ。
中平映画のスピード感はよくいわれるが、それは編集技術のみならず、精巧なリズム感にその秘密があると思う。
現代的なテーマと独自のリズムを兼ね備え、長門浩之のような芸達者には加速感を感じさせるし、清純派の芦川いづみを水商売に落ちた暗く沈んだ色調の役に使うコントラストも見事。本当にこの映画は考えつくされている。
さて、なんだかんだの学生運動の果てに、大学を辞めて校門を出て行く中原早苗の頭上をジェット飛行機の爆音が鳴り響くところで中原がふりかえり、空にむけて「うるせえぞ、ロッキード!」と啖呵をきるわけですが。シーンは日本映画の名シーンのひとつに数えていいでしょう。
これは、飛行機のタラップをおりて現れるアメリカ帰りの教授の冒頭シーンとかけてあるわけですが、この「アメリカ」という存在に対する態度の明るさと潔さ、清潔さと勇気が威勢のよい女子学生から出るところが時代的に突出したポップを感じさせるのです。
この後1965年の「黒い雪」(武智鉄二監督)という映画では、一日中ジェット機の騒音がふりそぞぐ基地の町の青年が、「すべてアメリカが悪い」という認識の中で破滅していく姿が書かれていましたが、それと何という違いなんでしょうか。
筋立てが散漫といえばそうでしょうし、軽佻浮薄な大学生活の中に何か健康的な息吹を感じさせるというのも、時代の中では逆向しているのかも知れません。
しかし、こういう作品を立て続けていける監督というのも、やはりオンアンドオンリーでしょう。自分は大好きです。
池袋新文芸座「『女優魂 中原早苗』出版記念 中原早苗・深作欣二特集」にて。
「うるせえぞ、ロッキード!」の名台詞! / 「学生野郎と娘たち」 中平康
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