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異形のホームドラマ「おとうと」(1960) 市川昆

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おとうと(’60) - goo 映画
この1960年市川昆監督の作品、宮川一夫カメラマンによる「銀残し」の手法がはじめて使われた映画として有名。
自分もそのへんをまずは期待して神保町シアターにでかけたのであるのだが、このフィルムがフィルムの劣化が激しく、すこし残念な思いをした。
といっても、赤みがかったモノクロにまだらに色がついたこの映像を最初はこれが最初の「銀残し」なのかとキツネにつままれたように観ていたのだが、さすがに途中からフィルムの劣化によるものと気づき始めた。
すでにリマスター版やテレシネされたものも出回っているようなので、このへんは観る方は注意されたし。
ちなみにYoutubeあたりで、”Her brother”と英語タイトルで検索するといくつかアップされているものも見つかる。どうにも納得いかなかった自分はこれでやっと納得することができたわけである。もちろん、これが本来の銀残しの色かといえば確証はないのだが。
リマスター版をもう一度みたい。

Her Brother (1960) [Trailer] 投稿者 iskander80
「銀残し」というのは、彩度を抑えて渋い色調にするための手法。
フィルムを現像するときに、本来であれば付着している銀を除去するのだが、それをあえてしないで、それを残す。現在では、フォトショップのプラグインにはいっているぐらいに当たり前に普及したメジャーな映像効果である。
銀をフィルムに定着させるといっても、実際はフィルムについた銀の混じった乳液を洗い落とすのに加減するので、その効果を出していたのだろう。
映画の現像所には、洗い流した乳液の排水を下取りする業者も出入りしていたらしい。そこから銀をリサイクルして精製するのである。
市川昆亡き後、日本映画の黄金時代を知る唯一に近い現役の人になってしまった新藤兼人は、もともと京都の新興キネマの現像係から映画のキャリアを始めている。この人の自伝「シナリオ人生」では、当時の現像の行程がわかりやすく叙述されている。

以上はさておき映画について。
岸恵子と川口浩の姉弟愛をめぐる物語。
文筆家(?)の父(森雅之)と病気の継母(田中絹代)がいる家庭の陰鬱さの中で、健気に前向きに生きる姉と、グレて面倒をかけ続ける高校生の弟の二人。
川口浩は、撮影の頃24歳。つんつるてんの着物に坊主頭が、どうにも見かけの年相応には見れないのだが、これはまあご愛嬌。
クリスチャンの母親の田中絹代も、役に立たない気弱な父親の森雅之、嫌らしい刑事の仲谷昇や私生活では当時夫婦だった岸田杏子などの文学座勢、さらにはクールな看護婦の江波杏子まで、それぞれがなんとも迫力があるキャラ立ちをして、幸田文原作の家庭劇の枠組みから、何かはみ出すような存在感を放っている。
もちろん特筆すべきは岸恵子であり、あの当時のヒロインでは珍しい現代的でテクニカルな演技を次々と見せていく。
この役者の異様な存在感に加えて、カメラが素晴らしく知的で、次々と贅沢三昧のショットを重ねていく。役者の迫力やこのカメラの贅も含めて、姉弟愛をめぐるホームドラマに似つかわしくない強烈な個性を感じさせる完成度となっている。
凄いですね、この映画。
個人的には川口浩のつんつるてんさえなければ、とも思うのですが(笑)、それにしても衝撃的でありました。
神保町シアター特集「日本映画 女流文学全集」にて。

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