「ブラックスワン」ダーレン・アロノフスキー/鏡の中の美しきサイコサスペンス

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◇「ブラックスワン」公式サイト
新作の場合、いつもほとんど前知識なしで映画館に出かけます。
この映画、そのために、あの『レスラー』のダーレン・アロノフスキーが監督とは知りませんでした。
美しいサイコサスペンスの裏側で、このバレリーナの自己犠牲(自傷)による物語と自分の人生の「完成」のさせ方はなんなんだろうと、暗転して物語が終わりエンドロールを迎えてダーレン・アロノフスキーの名前。
そうか、これも哀れな贖罪の羊の物語だったのか。
つまり、プロレスラーとバレリーナという華やかなエンターテインメントの世界が、哀れな人生の犠牲者により演じられているということです。
さて、この映画、冒頭から鏡に囲まれている映画です。
鏡はたくさんの映画に仕掛けとして使われてきました。
ブルース・リーの『ドラゴンへの道』やベルトリッチの『ラスト・タンゴ・イン・パリ』などが自分のお気に入りの鏡を効果的に使った映画ですが、サイコ系の映画では本当にたくさん使われていますね。
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ラカン(精神分析)の鏡像段階の理論は、幼児というのは自分の姿を鏡の中に見出して、自己を統一した姿で認知するというものでした。
自我が安定するために必要なツールとしての鏡が、今度は自我の混乱の仕掛けとなるわけです。
ありゃー鏡だらけだなこの映画、と思っていると、ちょっとしたバレエのレッスンのシーンで、実写ではありえないショットが出てきます。カメラがレッスンする舞台監督の背後に入り込み、舞台監督の前で踊っている主人公もろとも鏡が反射して正面を映し出します。ところが、主人公と舞台監督が鏡にはいますが、正対して映し出している角度なのに、そこにはカメラは映りこんでいない。
これは合成なんだろうけど、ちょっと不気味なシーンだと思ったら、そこらか先は、様々なシーンで、まるで鏡が執拗に主人公に襲いかかってくるように何度も現れてきます。
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鏡が自己像の統一のための自我の味方だったのが、今度は自分自身の崩壊を演出しているのです。
もともと自傷癖もドッペンゲルガーも、自己が統一できない何かに苛まされている人に現れる症状です。
自己が確認できないから、他者に自分が投影されてしまうのが離人症。
バレリーナの主人公(ナタリー・ポートマン)は、ある日に「白鳥の湖」のプリマドンナに抜擢される。
しかし、もとからドッペンゲルガー(自己像幻視/離人症)の症状や自傷癖のある精神的に不安定な女であり、監督からのプレッシャーに少しずつ追い詰められていく。
完璧をいつも要求されていた主人公は、もともとから不安をいつも抱えていて、こうして混乱する自我に責めたてられていたのでしょう。
そこに、芸術のために自分自身の「ブラックスワン」を開放せよと迫る舞台監督が現れるわけです。その言葉を従順に信じて、鏡の中の自分を悪として見出していき、その自分が他者に投影されていきます。
女手ひとつで彼女を育ててきた母も、単にいい同僚に過ぎないだろうプリマドンナの代役も、皆、自分の抑圧者だったり、存在や成功を圧殺するような役どころになります。それは実は、自分自身の恐怖が、他者に投影されて実体化したものに他なりません。
物語の結末は、自分自身の恐怖が他人の像に転移して悪となった姿と、やっぱり鏡の中で対峙して、その悪が勝つことを自分自身で演じるわけです。
『白鳥の湖』のストーリーをもここでなぞっているわけですね。これで彼女は完璧に演じきったわけです。しかもたったひとりの心理の中で。
この映画、主人公のバレリーナ視点で描かれているために、現実と狂気の境目が全くわかりません。
これらが、すべて16mmの荒い粒子のカメラが食らいつくように撮り続けていきます。
冒頭、ステージの上で踊る主人公と立ち回りをともにしているかのようなカメラワークの素晴らしさから、これらは一貫しています。
なお全編にわたり、『レスラー』と同じ手ぶれお構いなしの映像です。迫真感出すためだけの手ぶれカメラ映像が、個人的に気分を悪くした2009年度のアカデミー作品賞『ハートロッカー』を思い出しました。アメリカ人は手ぶれカメラ映像はOKということなんでしょうか。ちょっと不思議な話です。
いずれにせよ、迫真のバレエシーンをはじめとして、カメラの素晴らしいことは特筆すべきことです。暗闇と白のコントラストが動きつづける映像が、最後のヒッチコックもどきの大時代を思わせる落下シーンでのラストシーンまで、途切れることなく続いていきます。本当に美しい!サウンドスケープも完璧でした。


『ソーシャルネットワーク』も『英国王のスピーチ』も、感想を書くのも億劫になるほどの出来でしたが、こちらは素晴らしい作品でした。
ダーレン・アロノフスキー、恐るべし。『ザ・ファイター』、急いで観に行くことにします(笑)
FWF評価:☆☆☆☆☆

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