お屠蘇気分でザ・プログラム・ピクチャー / 「縞の背広の親分衆」 川島雄三

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縞の背広の親分衆(1961) – goo 映画

東宝シネマスコープのタイトルがどどーんと出てくるところか始まる東京映画のカラーの喜劇モノ。
森繁久弥、フランキー堺、淡路千景と、同じ東宝/東京映画の「駅前シリーズ」の流れを感じさせるが、同シリーズが、このラインナップに固まっていくのは、この1961年の川島の「縞の背広の親分衆」の後から上映された「駅前団地」以後のシリーズから。
どちらかというと、この川島の「縞の背広の・・・」のラインナップに伴淳を加えて久松静司が駅前シリーズをつくっていったというところではないか。
本当かどうかは疑わしいが、森の石松の落とし子の子孫のヤクザが、「人を殺めた」ほとぼりが冷めて逃げていた南米から帰ってきて、古びたヤクザの組に戻ってきて、高速道路の建設のためにどかされようとする狸の稲荷を残すために一肌脱ぎだす・・・そんなストーリー。
舞台は芝浦あたりなんでしょうか。新興の英語かぶれのヤクザとの決闘の場所は、台場入口ということなんですから、やっぱりあのへんですね。きっと首都高速の建設中だったんでしょう。調べれば、この映画の翌年に首都高速の京橋~浜崎橋JCTが開通してます。首都高速が全通するのは、これからさらに5年たった1967年のこと。
死んだヤクザの親分の娘とつるんで花屋で働いている?のは、スリー・バブルズ。ミツワ石鹸のCMソングを歌っていた人らしいです。「シュワ・シュワ・シュワ~♪」と歌って三人で現れます。
ヘンテコリンな劇中歌も多くて、森繁の浪花節調ベサメムーチョや、今の時代なら逆に受けそうな、「銀座のデパート象屋」の「象屋~象屋~♪エレファント~♪鼻も長いし、支払いも長い」という11か月分割払が売り文句のCMソング?も愉快でありました。
見聞によれば、川島雄三はあたり外れが激しいとあるのですが、この映画はどちらかというと「生活ノタメデス」という部類に入っちゃうんじゃないでしょうかねえ。
そういう軽い気持ちでお屠蘇気分で観にいくべき、The プログラムピクチャーといったところでしょうか。
なお、「この映画がつくられる直前に亡くなった東京映画の名プロデューサー、滝村和男がいつも縞の背広を着ていたことから、このタイトルとなった。作中のいたるところに滝村追悼の意がみられる。 」とのこと。
神保町シアター・特集「 喜劇映画パラダイス」にて。

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