テーマパークの泥の河 / 「泥の河」 小栗康平 【映画】

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水面に黒い影を浮かび上がらせる「お化け鯉」。
燃える蟹、厚塗りの化粧の加賀まり子演じるの母親、被差別の水上生活者の暮らしの暗部が、このお化け鯉に象徴されているストーリーテリングの中で浮かび上がる仕掛け・・・・なのだが、この映画、二度目に見ても何かしっくりこない。
なんでだろう・・・考えてみる。
看板の赤玉ポートワイン、田村高廣の親父が見ている新聞の「戦後は終わった」の記事、覗き見るテレビの大相撲中継・・・これ見よがしの戦後の風景。なんなんだろう、このわかりやすさは。まるで、ナンジャタウンやラーメン博物館のようなテーマパークのような感覚。
汚れた光景であるはずの川べりのうどん屋の光景も、鉄くずの親父の死に様も、それが暴れたことが原因なはずの荷役の馬もどことなくきれいな馬だ。
港町の生まれの自分は、その昔はダボハゼ釣りのエサのゴカイは、ああいう風に泥を掘り返して手に入れていた。掘り返すドロは重く、そして重油にまみれていた。あれは、もっと汚かったはずだ。
恵まれない子供を家に招待して夕飯を食べさせる、新しいワンピースをプレゼントする、それはなんだか中流階級の話で、かわべりバラックみたいなうどん屋には似つかわしくない。そんなに、その時代は恵まれていたのか?
ポケットに穴が開いていて、50円のおこづかいを落とす。しかも、それは近所の子供に与えたという設定だ。そんなことあるのか?ちょっと、現実感がない、自分にとっては。
だいたい、ポケットに穴が開いていたって、そんなの話として安すぎないか?安すぎるのが安心という人もいるんだろうけれど。
横須賀の港に生まれた自分が知っている、どす黒い水面には、いろんなものが浮いていた。
ゴミクズ、空き缶、コンドーム、糞、ときおり豚の屍骸。屍骸は、すでに腐乱していて、膨らんでいた。子供は、そのとてつもなく膨張した白い腹にむかって石を投げる、命中すると風船のように皮膚が弾ける。
この映画の水面は、そんな自分の記憶と照らし合わせると、やたらに綺麗だ。
そんなに戦後の大阪は綺麗な河だったのだろうか?あれが「泥の河」なのだろうか?
きっと、あんな「戦後」はどこにもない。
あんな風にゴミひとつないきれいな土手はなかったし、荒れ狂う荷役馬は涎を垂らしていただろうし、水上生活者の船の生活もあんなに整頓はされてなかったし、バラックのうどん屋にワンピースがあるなんてこともないだろう。あるならば、懐古趣味をファミリーで楽しむことが目的のテーマパークの中だけだ。
人畜無害で、記号のような淫猥さの小道具やセット仕立て、オレにいわせれば清潔なことおびただしい水面の光景、そんなのは、童話の中の話である。
童話を楽しむ心性ならばお勧めします。本当は、この映画は、もっと暗く汚れきったお化け鯉を垣間見てしまった少年の物語であるべきなんじゃないでしょうか?
不満は、十数年たって再度スクリーンにて観たあとにても変わらず。

コメント

  1. 匿名 より:

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    同意です。どうもしっくりこない。違和感がある。作為的である。演出的である。感傷的である。大人が想像した純粋で傷つきやすくセンチメンタルな子供たち(宮崎駿の作品と似ている)。こんなの子供じゃない。(安保世代の)大人が求める美しい嘘だ。・・・「泥の河」好きになれません。

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